2015-07-22

小保方さんと安倍首相の共通点とは?

■ なぜ罪人に有利なルールがあるのか?

Due Process of Law という概念をご存知でしょうか?

日本語で言うと、法に基づく適正手続。

基本的には、ちゃんとした法的手続を経ないと警察や検察は被告を有罪にできないよ、という法律用語です。

たとえば拷問とか不正な方法で自白させられてもその証拠は無効である、といった具合です。

あえて乱暴な言い方をすると、起訴して有罪にすることをひとつのゲームとして考えたとき、ルール違反していたら得点していてもそれは無効というものです。

さらに踏み込んで言うと、たとえ神の目から見て有罪であっても、捜査当局が不正な手続きを取っていたら罪は問われないというものです。

なぜこんな罪人に有利になりかねないルールがあるかといえば、それは歴史的にみて権力を持っている為政者が市民の人権を踏みにじることが多かったからです。為政者が市民を裁くときには厳しいルールを定めないと危険だという歴史があったからです。

つまり罪人を取り逃がすリスクよりも、権力者に好き勝手やらせるリスクの方がずっと大きいというのが近代の叡智の結論なわけです。

■ ルールを軽視する日本社会


しかし、日本では残念ながらDue Process of Law の観念が極めて弱いようです。

子どものころアメリカの映画を見ていると犯人逮捕の時いつも警察が「あなたには黙秘の権利があります、あなたの証言はすべて法廷で不利な証拠として採用される可能性があります・・」というような文書を読み上げていました。

これはミランダ警告と呼ばれ、逮捕の前に被告の権利とリスクについてきちんと説明していますが、これもDue Process of Law の一環。

同じ時期に見ていた日本の刑事ドラマで、刑事が被告の胸ぐらをつかみながら顔にライトを当て、机を叩きながらイスを蹴って取り調べしていたのとは大違いです。

どうも日本は適正な手続きを軽視する傾向にあるようです。

最近では厚労省の村木さんの事件でも、検察による証拠改竄があったにも関わらず、危うく村木さんは有罪にされるところでした。

またパソコン遠隔操作事件では、誤認逮捕された四人のうち2人が自白を強要されたにも関わらず、その件については深く追求されないままでした。

細かい手続きに多少問題があっても、結果オーライならいいじゃないか、という気持ちが働いているのかも知れません。

そのことは昨年話題をさらったあの事件でも同じでした。


■ 小保方論文は議論以前の問題


昨年の時の人といえば小保方晴子さん。
まあ、話題になりました。

個人的にはSTAP細胞に関する細かい技術的なことはわかりませんし、ひょっとしたら未だにある可能性がないとは限らないくらいには思っています。

それでも昨年の議論の多くには強い違和感を覚えました。それは「STAP細胞は存在するかも知れない、だから小保方さんは悪くない」という種の議論が横行していたからです。

しかし小保方論文は、STAP細胞が存在しようがしまいが論文としては論外です。不正なコピペや画像使用があったのですから、その良し悪しを論するまでもなくアウトです。それ以上議論する価値がないというのが本筋です。

もしSTAP細胞の存在を証明したいのなら、「STAP細胞はあります!」と記者会見で主張するよりも、淡々と正規の手続きに沿った実験をし論文を発表するより方法はありません。

つまりいくら100mを9.5秒を切って走っても、それがフライングだったり不正な靴を利用していれば世界記録にはならないのと一緒です。ルール内で戦わないと評価さえしてもらえません。

それを「フライングがなかったとしたら9.45秒に相当するタイムを叩きだしてたはずだ」という議論をしても何の意味もないのです。


■ 手続きガン無視の安倍首相


さて話は今年に戻って安倍首相の話。

僕は安倍さんのことを悪くいうことが多いですが、それでも安倍さんは強い思いと信念のある人なのではないかと思っています。

彼なりに日本のことを真剣に考えているのでしょう。
その結果「絶対に日本はこうしないといけない!」と思い込む。

まあ、ここまではいいでしょう。たとえ僕とは考えが違ってもビジョンを持っているということですから。でもこの人が厄介なのは、驚くくらい手続きを軽視すること。これがまあ非道い。

その最たるものが解釈改憲。その前には憲法96条の改正もしようとも目論んでいました。さらには議会にかける前にアメリカで安保関連法案の成立を約束し、そして違憲の法案を強行採決。

手法としては無理やり既成事実を作って、後でうやむやにするといったところでしょうか。

本人としてはある種のマキャベリズムなのかも知れませんが、ここまでくると手続き軽視というより手続きガン無視で笑っちゃいます。いやいや笑えません、本当に。


■ 手続きの持つ意味をもう一度考えよう


でも僕らも大いに反省しなければいけないかも知れません。

安倍さんにもし評価すべき点があるとすれば、それはゴールを設定してそれを達成するためになりふり構わないところでしょう(設定するゴールの善悪はここでは議論しないとして)。

安倍さんは過去の国民の態度を見てきて、多少手続きを無視しても既成事実さえ作って喉元さえすぎさるのを待てばやり過ごせると判断したのでしょう。

そして実際のところ私たち日本人にはそういうところがあると認めざるをえません。

でも考えてみてください、ナチスが適正な手続きを守らなかったのはたった一度です。
それは全権委任法を議会に通すときに反対する議員を拘束したということだけでした。
拘束自体は犯罪的行為といえなくもありませんが、政権与党なら屁理屈をつけてゴリ押しできることでもありました。それがヒトラーの独裁を招いたのです。

安倍内閣にはナチスの手口を学んだらどうかね、と冗談とも本気ともつかぬ発言をしている人がいます。

たった一度強引な手口を許すだけで、国がとんでもない方向にいく可能性があることをみんなで改めて認識しなければいけないでしょう。










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