2014-12-14

なぜ勉強しなくちゃいけないの?

タイトルを後輩が書いた人気書籍に寄せてみた。

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先日FBでこんなブログをシェアしました。

高学歴ハイスペックな女子が合コンをするとき、フルスペックオープンで臨むとドン引きされるので苦労するぜ、という内容です。

僕が「面白い!」という感じでシェアしたので、反応は「いがちなメンズ」とか「男ダサ」とかブログに同調するものが多かったです。

でも中には「バリキャリよりも、男を支えてくれる良妻賢母タイプの女性の方がいい」という人ももちろんいるでしょう。

いや、実際日本人男性のマジョリティーはそうかもしれません。

ただ好き嫌いはさておき、このブログの価値観はとても現代的であると言えると思います。特にこれからの日本の状況(低成長、少子化/労働力不足etc)などを考えると、バリキャリの女性を「怖っ!」なんて言う男性は「ダサっ!」と言われることはどんどん増えていくのではないでしょうか。

もちろん良妻賢母タイプやそれを求めることが悪いということではないのですが、残念ながらそういう価値観は時代に則さなくなっていくということです。

それでも「やはり良妻賢母サイコー!」と思うのは、まったく構わないのですが、「バリキャリ怖っ」と言ってしまうと「ダサっ」と思われてしまうのは避けられない時代になりつつあります。

では「ダサっ」と思われないようにするにはどうすればいいのでしょうか?

価値観は家庭や育った学校や社会などの環境で決まってしまいます。
そしてある世代以上の日本人の多くは良妻賢母タイプを是とする環境で育ってきています。そもそもプロフェッショナルを追求する女性なんて昭和の終わりまでほとんどいませんでしたし。

その価値観を変えなければいけません。

価値観を変えるのに一番大切なのは想像力です。もし自分が働きたい女性だったら、もし自分が仕事がとてもできる女性だったら、もし働かざるをえない女性だったらなどと想像することができたら、高いキャリアを持つ女性に対して絶対一定以上の敬意を持つはずです。

その想像力を支えるのは知識と知性です。しっかりと勉強していれば専業主婦モデルは高度成長期の例外的なシステムで、先進国で機能しているところはないということがわかるはずです。さらには今日本の置かれている人口動態や経済成長ステージを考えると、女性が働くのは自己実現のためとは限らず、働かざるをえない人がどんどん増えているということもわかります。

こういうことがわかっているなら、女性は家庭に入って家族の要になった方がいいという考えを持っていたとしても、高次にキャリアを希求する女性に対して偏見を持たなくなるはずです。

そうすれば「バリキャリ怖っ!」という態度をとって「ダサっ」と思われることもなくなるでしょう。だから勉強はした方がいいのです。

その上勉強していくと「バリキャリ怖っ」と言っている人が「ダサっ」と思われるのは、単に彼らの価値観が時代遅れだからというわけではないからだということがわかってきます。

「怖っ」というような男性は、女性を下の存在にとどめ自分の優位性を保つことによって承認欲求を満たそうとする甘ったれタイプが多い、ということが見透かされているからこそ「ダサっ」と言われているのだ、ということに気づくことができるようになるのです。

それ気づかずに「男勝りに肩肘張ってがんばろうとしている女の子って痛々しいよね」なんて上から目線気味に言ってしまうダサさに耐えられる、勇気のある男の中の男だけが勉強をしなくてもいいのかも知れません。

what's "my wife's camera"?

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