2014-01-10

糸井重里さんの「オンとオフだとか、あれは古い」発言から見えるもの。




こんな記事に遭遇。

糸井重里さんに聞いた「公私混同」する働き方

ほぼ日手帳」についての記事だが、その前半を端的にまとめると
「今の時代仕事をするのにオンとオフを区別するのは古い。互いに影響し合ってるんんだから」というもの。

これ「今の時代」に限らず、フリーで仕事をしている人や零細の自営業者なら当然。事実FBでそう書いたところ、フリーや自営業者を中心に我が意を得たり的反応をもらう。

とエラそうに書いたが、何十年も常に最尖端で活躍をし続けてきた糸井さんがそんなことに今さら気づいて「オンとオフの区別は古い」というはずもない。

ではなぜ糸井さんは今頃そんな発言をしたのだろう。

冒頭で書いたとおり、これはほぼ日手帳に関する記事、つまり普通の人に向けてされた発言ということだ。そして日本において手帳を使う普通の人の大半は勤め人だろう。

糸井さんはリーマンにとってもオンオフを区別時代じゃなくなってるよ、と教えてくれているのだ。

じゃあ区別があった時代があったのかというと、これがあった。

たしか90年代に「奴隷のように働き、王様のように遊ぶ」というようなコピーのクレジットカード会社か何かのコマーシャルがあったと思う。仕事は猛烈にこなしながらも、一度会社を出たら仕事を引き摺らずに完全にオンとオフをわけるのがイケテルとされた時代があった。

そう言われると「そっちの方がいいじゃん」という人は今もいるだろう。でも、そういう時代じゃないんだよね、と糸井さんは言っているんだろう。

なぜそういう時代ではないのかということは、そのコマーシャルが生まれた時代背景を考える必要がある。

もちろんバブルの残滓があって一生懸命稼いで、派手に楽しむということが是とされてきたこともある。でももう一つより現実的な側面もある。それは人々が完全に会社に縛られていたということだ。

仕事が終わっても付き合いの飲みニケーションがあり、週末には接待ゴルフ。帰る家は社宅で、夫のポジションがそのまま社宅内での奥さま方のヒエラルキーを決定づける。年に一度の社内旅行は半強制で、独身なら結婚相手の心配までされる。当然、自分の仕事が終わっていようが、課の他の人が皆残業していたらクロックアウトして帰路につくなんてことはありえない。たとえ残っているほとんどの人の理由が周囲の様子見とソリティアであったとしても。

まあバブルでJapan as number one気分でイケテル気持ちでいたけど、その実、労働生産性は高かったことなんかなかったわけだから、ハードワークするということとダラダラ働くといことはなんか違うんじゃねえか、ということに気づいている人は当時もいた。バリバリ稼ぐから下らない同調圧力は勘弁だ、という一つの主張が「オンとオフ」「王様と奴隷」になったわけだ。

しかし裏を返せば当時は中間共同体としての会社が機能していたということでもある。当時日本は世界で唯一社会主義が成功した国と揶揄されていたけれども、その中で大切な役割を担ったのが会社だった。

中間共同体なんていうと大仰に聞こえるかも知れないけど、要は帰属意識を持てる共同体だ。多くの国では宗教ならびにそれを取り巻く教会などの施設が帰属を含めた精神的支柱になっているが、日本はそもそも多神教な上に太平洋戦争に敗戦したため宗教にそれを託すことが難しくなった。また急激な高度経済成長により都市化が進み、同時に地域共同体が弱体化した。

その代わりに会社の果たした役割は大きかった。業務とは関係のない煩わしいことも多い代わりに、堅固な受け皿として社員をきちっと包摂していた。

私が新卒で入社した企業は、会社に忠誠さえ誓えばそこそこいい給料、行き届いた福利厚生、条件のいい住宅ローンから身元のしっかりしたお嫁さん候補まで用意してくれていた。会社を誇りに思い、それにノレる人たちにとっては最高の共同体だった。

会社共同体のもたらす利益を存分に享受していた当時の人たちは、心の奥底では煩わしさは共同体の一員たるコストだとわかっていた。だからかっこつけて「オンとオフ」といってみても、それがファンタジーだということはわかる人はわかっていたはずだ。

それも今は昔。私のいた会社は独身寮や保養施設は売却をして資産を圧縮し、2ヶ月間研修センターにカンヅメさせて行った新人研修のコストは優秀な中途人材を採用する原資になっている。

もはや会社は守ってくれない。それどころかいつクビにされてもおかしくない。会社自身もいつ倒産したり、買収されるかも知れない。

会社を離れたらプライベートな時間が欲しい?どうぞ、ご勝手に。どうせ会社ではもう面倒みてあげることはできないし。

かつて会社に縛られ(オン)、人々が渇望していた自由(オフ)は、大海に寄る辺なく解き放たれるという形で獲得されたわけだ。

そもそも縛り付けるものがないのだから、オンとオフの区別という考え方自体が古くなりつつあるということになる。

もちろんまだ会社によって温度差はあるだろう。でも間違いなく日本の会社共同体は機能しなくなってきている。

となると会社との関係は以前とは変わってくる。それは"会社"という主体があって、そこに「人材」として所有的に囲い込まれることではなく、あなた自身が主体となって労働力なりスキルを提供しにいくということになるのだ。

主体があなた自身である限り、平日も休日も勤務時間中もアフター5も関係ない。常にあなたという人がいるだけだ。あなたがキャリーしているもの、すべて丸ごとがあなたのキャリアになる。

逆にいうと、常に主体であることを求められる時代になっている。そこに主体がないと機械やコンピュータに簡単に置き換えられてしまうという世知辛い時代にもなっている。

自営業もフリーもリーマンもない。みんな平等に世知辛い。だからこそ楽しんで主体性をもってやっていかないといけない。糸井さんはやんわりと、そして厳しくそう教えてくれている。

what's "my wife's camera"?

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