2014-12-31

what's "my wife's camera"?


今年はあっという間に大晦日になってしまった。
2-3週間前までまだ10月だったのに。

というわけで一年をラフに振り返ってみた。
前厄、本厄ときて、今年の後厄でいよいよ終わりか、と
軽い気持ちでいたけど、この最後の一年が何かと強烈だった。

わかりやすいところで言えばiPhone2台ダメにしたし、iPadも1台盗まれた。
妻から「持っていて」と言われたまとまった現金入りの財布も落とした。

とはいれこれらは所詮軽めのパンチ。

重めのものもドスドス喰らった中、メガトン級といえばやはりジョギング中に暴漢に襲われたころでしょう。

詳細は過去のポストを読んで欲しいのですが、状況としてはキワキワだったにも関わらず、幸い怪我は大したことなく大事には至らなかったので、事件の後も割りと冷静に平然と過ごしていたつもりでした。

そんな折に耳に入ってきたのがPharrellの"Happy"でした。





なんというのでしょう、バイラルメディアのチープな煽り文句みたいでイヤなのですが、聴いていくうちに止めどなく溢れ出す涙を止めることができなくなりました。

Youtubeを使ってバズらせるとか、恋チュンとの比較とか、トラックにひねりがないとか、この曲について色々なことを言う人がいますが、そういうものを一切抜きに、この曲がもつシンプルで力強いメッセージ、本当のHappinessとは何かという問いかけがサビのコーラス部分に入ると同時にストレートに胸に突き刺さったのです。

生きて妻や娘と会えるということがどれだけ幸せなのことなのかということが心のそこから感じられ、万感去来したのです。

正直いうと、2014年はシンドイ年でした。
それでもこうして家族ともども五体満足に年を越せるわけですから、悪い1年だったなんて言えるわけがないんだよなぁ。

来年はもっとHappyな年になると嬉しいけど。

Clap Along, everyone!!

2014-12-14

なぜ勉強しなくちゃいけないの?

タイトルを後輩が書いた人気書籍に寄せてみた。

**

先日FBでこんなブログをシェアしました。

高学歴ハイスペックな女子が合コンをするとき、フルスペックオープンで臨むとドン引きされるので苦労するぜ、という内容です。

僕が「面白い!」という感じでシェアしたので、反応は「いがちなメンズ」とか「男ダサ」とかブログに同調するものが多かったです。

でも中には「バリキャリよりも、男を支えてくれる良妻賢母タイプの女性の方がいい」という人ももちろんいるでしょう。

いや、実際日本人男性のマジョリティーはそうかもしれません。

ただ好き嫌いはさておき、このブログの価値観はとても現代的であると言えると思います。特にこれからの日本の状況(低成長、少子化/労働力不足etc)などを考えると、バリキャリの女性を「怖っ!」なんて言う男性は「ダサっ!」と言われることはどんどん増えていくのではないでしょうか。

もちろん良妻賢母タイプやそれを求めることが悪いということではないのですが、残念ながらそういう価値観は時代に則さなくなっていくということです。

それでも「やはり良妻賢母サイコー!」と思うのは、まったく構わないのですが、「バリキャリ怖っ」と言ってしまうと「ダサっ」と思われてしまうのは避けられない時代になりつつあります。

では「ダサっ」と思われないようにするにはどうすればいいのでしょうか?

価値観は家庭や育った学校や社会などの環境で決まってしまいます。
そしてある世代以上の日本人の多くは良妻賢母タイプを是とする環境で育ってきています。そもそもプロフェッショナルを追求する女性なんて昭和の終わりまでほとんどいませんでしたし。

その価値観を変えなければいけません。

価値観を変えるのに一番大切なのは想像力です。もし自分が働きたい女性だったら、もし自分が仕事がとてもできる女性だったら、もし働かざるをえない女性だったらなどと想像することができたら、高いキャリアを持つ女性に対して絶対一定以上の敬意を持つはずです。

その想像力を支えるのは知識と知性です。しっかりと勉強していれば専業主婦モデルは高度成長期の例外的なシステムで、先進国で機能しているところはないということがわかるはずです。さらには今日本の置かれている人口動態や経済成長ステージを考えると、女性が働くのは自己実現のためとは限らず、働かざるをえない人がどんどん増えているということもわかります。

こういうことがわかっているなら、女性は家庭に入って家族の要になった方がいいという考えを持っていたとしても、高次にキャリアを希求する女性に対して偏見を持たなくなるはずです。

そうすれば「バリキャリ怖っ!」という態度をとって「ダサっ」と思われることもなくなるでしょう。だから勉強はした方がいいのです。

その上勉強していくと「バリキャリ怖っ」と言っている人が「ダサっ」と思われるのは、単に彼らの価値観が時代遅れだからというわけではないからだということがわかってきます。

「怖っ」というような男性は、女性を下の存在にとどめ自分の優位性を保つことによって承認欲求を満たそうとする甘ったれタイプが多い、ということが見透かされているからこそ「ダサっ」と言われているのだ、ということに気づくことができるようになるのです。

それ気づかずに「男勝りに肩肘張ってがんばろうとしている女の子って痛々しいよね」なんて上から目線気味に言ってしまうダサさに耐えられる、勇気のある男の中の男だけが勉強をしなくてもいいのかも知れません。

what's "my wife's camera"?

2014-12-06

官邸前デモ、こうすれば面白かったのに。

ちょっと前に考えたこと。

反原発の官邸前デモ。
一生懸命声を上げているわりには、暖簾に腕押しでやり過ごすも議員も結構いた。

ならば参加者がそれぞれ自分の選挙区を書いたゼッケンをして参加すればよかったのに。

自分の選挙区が書かれたゼッケンを付けた人をそこそこ見つけて平静でいられる議員はそんなには多くないはずだと思う。

what's "my wife's camera"?

2014-12-03

小学4年生とともに消えた若者ロマン。

大学生による小学4年生なりすまし事件

件の大学生青木くんを否する勢力大きく優勢な賛否渦巻く中、
僕はといえば「調子ぶっこいたな」以上にも以下にも思わず
やり過ごしていました。

大学生とはそもそも調子をぶっこくもの。アタマもいいんだし、
志もあってのことなんだから、叩かれて出直せばいいんじゃないかと。

しかし何かのはずみでそのサイトを目にして心底ガッカリしてしまいました。

* * *

以前、政治に関心を持ち積極的に活動しているという大学生を取材した
ことがありました。僕は面白いことをやっている若者が大好物で、一歩間違えれば
"若者応援おじさん"と目されかねないという自覚がある程なので、取材を楽しみに
していました。

しかしこれがとても残念なものでした。何も新しいものを感じることができなかったのです。感じたのは「ああ、この子は政治家になってスゴイって言われたいんだろうな」ということくらいでした。

エネルギッシュでアタマもそこそこいい学生さんが、政治家に話を聞いてもらったり、メディアに取材されたりしてウハウハして、どこかで聞いたことがあるようなテンプレ論をぶって気持ちよくなっているだけでした。

日本を変えるような若い世代が育っているんじゃないかというロマンを持つ僕は大きく落胆しました。政治家になることが目標の人にStatus Quoが変えられるわけはありません。

その彼が所属していた団体が青木くんの「僕らの一歩が日本を変える」でした。

* * *

小学4年生の「中村くん」が作ったサイトはよく出来ていました。あまりによく出来ていて小学4年生が作ったものにはとうてい見えませんでした。

言葉遣いは進研ゼミかどこかのサイトにでてくる4年生が遣いそうなもので、書いている内容は高校生が自由研究のレポートで提出したら軽くAをもらえるような内容です。

青木くんが盟友のTehuくんに頼んで作ったというこのサイトは中途半端によくできすぎているのです。本気で小学4年生を装っているとは思えません。かといって圧倒的にスゴクてバレること前提のネタ感があるわけでもないのです。

報道から察するに、どうやら本当に4年生を装うつもりだったようですが、そうだとしたら残念すぎるのです。

TehuくんのことをスーパーIT高校生として初めて知ったとき、僕は度肝を抜かれたのですが、ちょっとスーパーヤ若者ロマンが打ち砕かれた気分です。

人並みはずれて優秀だと言われていても、人の心情に対する洞察はこんなものかと。

しかし狡猾さのかけらもない叩きどころ満載の青木くんの謝罪文を読むまでもなく、そもそも若者なんてものは人の心の動きや社会のことなんて何もわかっていないものなのかも知れない。

ならば才能のある若者が社会で戦えるようになるまで、おじさんたちはもうひと踏ん張り気張らなければいけないのかも知れない。







what's "my wife's camera"?

2014-03-14

暴漢にバットで襲われました ー そのとき被害者は何を考えていたのか? ー




先週金曜日、3月7日午後9時45分、ランニング中に暴漢に襲われました。木製バットで殴打され、iPhoneを盗まれ頭部に6針縫う創傷、肩に打撲を受けました。

かいつまんでいうとそれだけの話なんですが、意外と冷静にその時の状況を覚えているので、記録のためというか誰かの何かの参考になるかも知れないので、その時の状況・心理状況を書いてみたいと思います。


1)Back Ground
2014年3月7日、グアム・タムニングの大通りChalan San AntonioをITCの交差点からArchibishop Felixberto Flores Memorial Circleのラウンドアバウトへ向かい、タムニング小学校側の歩道をランニングで北上していました。これまで何十回となく走ってきたコースと時間帯です。

グアムのことを少しご存知の方なら、Guam Premier Outletの前の通りといえばわかるでしょうか。通りはかなり大きな通りです。グアムは車社会なので、昼間でも歩行者はほとんどいませんが、車は夜でもそれなりに通りますし、街灯もグアムの中では明るい方です。

この通りを短パン一丁で時速11kmくらいで走っていました。襲われたのは午後9:45タムニング小学校を過ぎた辺り、昔のドッグレース場の向かいに差し掛かったときです。




2)犯人発見

小学校の前を走っている時に前方右奥に3人の男の姿が見えました。通りからちょっと入った野球場の方から出てくるような形です。

先ほども書いた通り、ほぼ人通りはないので否が応でも目に止まります。するとそのうちの一人がバットを持っていることがすでにこの時点で確認できました。距離にして30−40mくらいのところでしょうか。

「面倒くさいチンピラがいるなぁ」というような印象です。でもそうはいってもその時は本当に襲われることはないだろうというような根拠のない気持ちが心の中にあったと思います。

もう少し正確にいうと、まあ大丈夫だろうという気持ちと、走るのをやめたくないという気持ちが混ざっていたのではないかと思います。

まあ大丈夫だろうというのは、普通襲う方もしっかりした意志がないとそこそこのスピードで走っている男を仕留めることはできないからです。時速11kmでも秒速3m以上ですからヤバイと思ってスピードをあげたら秒速5m以上にはすぐになります。「おい、ちょっと顔貸せや」みたいな呑気なカツアゲだったらあっという間に振り切ることができます。そうじゃなくても向こうに少しでも逡巡する気持ちがあったら、襲撃はうまくいかないでしょう。ましてやこっちは短パン一丁で走っているオッサンなわけですから、金目のものを持っている可能性は少ないですし、襲う相手としては魅力はないはずですから。

それから、こんなことを言うとアホかと思われるかも知れませんが、タイムを計って走っていたので、コースアウトしたくないという気持ちが心の奥底であったのかも知れません。この時点ではまだバットを持っているゴロツキが歩いている程度の認識なので危機感は足りなかったのでしょう。

3)No way out

彼らを見つけた直後にその姿はある建物の奥に隠れてしまい見えなくなりました。次に彼らの姿を発見したのはほんの5−10m前です。その瞬間に「ヤバイな」と思えるやる気オーラを彼らはまとってました。

まずバットで撲られるんだろうな、とにかく頭だけは守らなきゃな、最悪これで死んじゃうこともあるかも知れないよなぁ、まいったなぁ、イヤだなぁ。

というようなことを 考えました。でも不思議なことに恐怖心はあまり芽生えませんでした。



4)3 on 1

彼らは歩道を塞ぐような形で 立ちはだかってきました。Tamuning Martという野菜スタンドのほぼ目の前です。バットを持った男が真ん中に立ちます。彼だけ少しガタイがよく(といってもこちら基準ではマッチョではない)、横の二人は若干下がっており、体つきも若干細めです。

さすがにここまでくると完全にヤラれるという確信が出てきます。バットマンに注目をするとすでにバットを構えにかかっています。

とにかく頭をヤラれたらまずいな、ボコボコにされたらどこまで持ちこたえることができるんだろう。最後まで頭守れるかなぁ、と考えているうちにあっという間に彼らの目の前まできました。

5)Fire

ヤラれるのは分かっていたのですが、まさか停まって「お手柔らかにボコってください」というわけにもいかないので、どうしようか悩んでいるうちに敵との距離はどんどん詰まっていきます。

最後は妙案も思い浮かばないまま目の前までいってしまい「えーいままよ」と突破を試みました。

すぐにバット マンがバットを構える気配を感じたので車道の方に避けようとしたのですが、バキッ!背後から振り落とされたバットが右側頭部を掠め肩を直撃したのです。



6)そして亀になる

一撃を食らった瞬間、来たな、という感じでした。これは逃げられないということが明確だったので、防御体制に入って被害を最小限にするしかないと思いました。

車道を見るとまだ車はいなかったので、そのまま車道に少しだけ飛び出し地面に頭を抱え込むように腕でかばってうずくまりました。車に引かれたらもちろんシャレになりませんが、物陰に引っ張り込まれてタコ殴りされたら持たないと思ったのと同時に、車は必ず通る時間帯なので、端っこの方でも車道にいれば助けてもらえる可能性もあると思ったのです。ボコボコにされる前に車が通れば助かるかも知れないと判断したのです。

それまではとにかく頭を守って殺されないように頑張るしかないと思っていました。とはいえバットでボコボコに殴られた経験なんてないので、どこまで持ちこたえることができるのかは不安でした。理屈で考えるようには守り切れないんだろうな、とも。

そんなことを考えながら車道の端っこに頭を抱えて亀のような防御態勢に入りました。一発目はたまたま芯を食わなかっただけで、恐らく想像もつかないほど痛いことになるのだろうと思い、理屈では何があっても頭だけは守り続けなければダメだとわかっていても、果たしてそれができるのかどうか心配でした。



ちなみにバットで撲られてからはずっと大きな声で「あわあわ」言っていました。撲られた直後から自分はちゃんと悲鳴をあげることもできず「あわあわ」としか声を出せていないなとわかったのですが、周囲に誰もいなくても声は出した方がいいと思い、できるだけ大きな声で「あわあわ」いい続けるようにしていました。

さて亀態勢に入ってようやく「何か金目のものを渡して解放してもらうことはできないか」と考えることができました。しかし先述の通り、短パン一丁で走っているのでお金は持ってません。どうしよう?と思っているのですが、それにしても次の一撃がまだ来ません。時間にしてわずか数秒のことだと思いますが、覚悟を決めて待ち構えている方からすると却って不気味です。

すると突然腰からスポーツ用のウェストポーチ(下記写真モデル)が剥ぎ取られる感触がありました。そりゃそうだ、それをまず奪うのは正解だ。これで終わってくれ!でも終わるわけないか・・。

・・・・・・・・・
・・??えっ?本当に終わり?

恐る恐る頭を少しだけ上げて様子を見てみると、犯人たちは野球場方面に向かって猛ダッシュしている。

おお、これは助かったかも。危なかった。



7)さてどうしよう?

犯人たちがすでに遠くまで走っていたので、とりあえず起き上がりました。

撲られた右耳のあたりを触ってみると、ベタッと血が付いていたので、持っていたハンドタオルで押さえました。

彼らのダッシュっぷりを見るにまず戻ってくることはないだろうと思われましたが、とりあえず20m程ジョグして、彼らから見えない位置に移動しました。
特に頭痛とか目眩もないし、首も問題がなさそう。とはいえ車が駐車してあるところまでは歩いて15分以上はかかる。さてどうしよう?

とりあえず後で警察に行くときのために犯行時刻はしっかりと記録しておこうとランニング用のGPS時計を止め、時刻を確認しました。21:47。諸々考えると犯行時刻は21:45ということにしておきましょう。

さてここを離れて次のアクションに移らないと。一応ヒッチハイクみたいなことを数台してみました。そう、ここは確実に車通りはあるのです。

でも誰も止まらない。そりゃそうだ。裸の上半身に血が滴り落ちていて、耳を抑えながらヒッチハイクするオッサンを乗せるバカはいない。僕でもスルーだ。

というわけで歩いて車まで戻ることに決めました。撲られた頭部は少しは痛かったですが、あきらかにクリーンヒットしていません。頭痛も目眩もなく、首も大丈夫です。割と元気に歩き出しました。一瞬だけ彼らがまた襲ってくることはないかという考えが頭をかすめましたが、冷静に考えるとそれはないでしょう。

今後の対応もあるので、いっそのこと走って帰ろうかとも一瞬思ったのですが、いくら平気そうに思えても頭を撲られているので無理して何かあったら大変だと思い、かったるかったのですが歩いて帰ることにしました。



8)事後対応

さて歩きながら、色々考えました。
自分がとった行動に間違いはなかったか、もう少し別の行動をとればこの事態は避けられていたか、などです。
結論として、唯一避ける機会があったとしたら30−40m前に彼らを見た瞬間に踵を返すことくらいしか考えられませんでしたが、正直いうとそれはちょっと非現実的ではありません。一生懸命走っている人は簡単には止まれません。襲われるという確信なく逃げることができるのは余程勘のいい人かビクビクしながら走っている人でしょう。

もう一つそもそも論として、あの時間帯にあの場所は走ることが非常識だったのかについても考えました。その後、何人かの警察に話を聞いたのですが、あの場所でこうした強盗犯罪がおきることはほとんどないようです。またローカルの女性ランナーも複数夜に同じコースを走ることがあると言っていたので、それほど非常識なランニングではなかったのではないかと思います。もっとももう夜にあのコースを走ることはできませんが。

さて、反省会とは別に今後の対応としてできればiPhoneを取り戻したいというような色気がありました。

とりあえず車に戻ったら着替えて、店に戻って(私はレストランを経営しているのです)スタッフに状況を伝えつつ、パソコンからFind my iPhoneで犯人を追いかけ、そのデータを持って警察に行こうと決めました。

それにしてもケイタイがないと、誰とも連絡が取れないし道すがら音楽も聴けないし不便だ。

妻への連絡はどうしようかと思ったのですが、店に戻る頃には妻は娘(10ヶ月児)を寝かしつけたのに伴い一旦寝てしまっていると思ったのと、慌てて娘ともども出てきたら、娘の負担になるだろうと思い、Facebookで「ちょっとした事故にあってこれから警察にいかなきゃいけないので少し遅くなります。ケイタイをなくしちゃってつながらないけど、Kくんにも来てもらうので、何かあったら彼にメッセージしてください」という軽めのメッセージを送ることにしました。

Kくんとは母の家にホームステーで来ている大学生で、彼を呼び出して警察に来てもらったのです。しかし僕があわててパソコンを閉じたせいか、このメッセージは妻には届かなかったらしく、後でKくんから連絡が入った妻は相当慌てたようですが。



9)iPhoneを盗まれたら

さて先ほどiPhoneのfind my iPhoneについて書きましたが、結論からいうと店に戻ってトラックしたときにはすでに接続は切られていました。

その後、地元キャリアーの社長に話を聞いたところ、手慣れた犯罪者はすぐにSIMを抜いてしまうのでfind my iPhoneでトラックするのは難しいだろうということでした。

さてこのiPhoneの件に関して僕は大きなミスを犯してしまいました。
僕としては 1)できればfind my iPhone機能で犯人を捕まえたい=犯人にトラックしていることがバレないようにしたい 2) 犯人にケイタイを使われたくない、という気持ちがありました。

そこでキャリアーに電話して相談したところ、紛失モードではなく消去を選んでしまい、さらにサービスを一時停止させてしまったのです。

結論からいうと、素直に紛失モードにしておくべきでした。
襲撃されたことをFacebookに上げたところ、友人からの連絡でiOS7以降はApple ID Activation Lockという新機能があって、端末をいくら初期化してもオリジナルの所有者がactivateしないと新しい所有者はそのiPhoneでApple IDがつかえなくなるということを知りました。そのためには紛失モードにしなくてはいけませんでした。

一番悔しいのは、盗まれたもので犯人たちが利することです。これを使えば確実にそれは阻止できました。

警察は電話を使えるようにしておいて、通話記録から犯人を割り出すことをしたかったようですが、犯人が手馴れていたらキャリアーの社長のいう通りSIMをすぐに抜くでしょうし、間抜けだったら通話記録を見るまでもなくfind my iPhoneを通じて探し出せたでしょう。

というわけで、iPhoneをお使いで紛失した肩はすぐに紛失モードにすることをオススメします。




10) 現場検証

警察に行き応急処置を受け、簡単な事情徴収をされました。病院にいって縫わなければダメだと言われ、救急車でいくか問われましたが、Kくんに送ってもらうことにしました。

病院に向かおうとすると、警察から「現場にちょっとだけ寄って話を聞かせてもらっていいか」と尋ねられたので協力しました。

現場にはすでに4台くらいパトカーが停まっていました。
簡単に状況を説明していると、警察官が「このバットだな」と言っている声が聞こえました。

そこには折れたバットの頭部がありました。最初の一撃の後、バットが折れたようです。だから殴打も一発で済んだようでした。これはラッキーでした。

現場の路上には血痕が残っていました。転がっているバットと血痕を見るとそれなりに生々しく、結構な事件に思えてきたのを覚えています。

その後、不審者を確保したので面通しをしてもらえないかと頼まれたので協力しました。連れて行かれた場所には二人の男が手錠を後ろに立たされており、パトカーの中から彼らに強い光を当て顔を確認します。向こうからはこちらは見えません。

ところが自分でも驚くくらい犯人の顔を覚えていないものでした。すべて一瞬のことだったということもありますが、まったく覚えていません。その二人はバットマンの後ろにいた助さんと格さんに見えなくありませんでしたが、一切の確信は持てませんでした。そこにいたのがバットマンだったら思い出せたかも知れませんが、正直いうと自信はありませんでした。

その後、ゴロツキがたむろしているコンビニの前も通り、犯人はいないか尋ねられましたが、その中には明らかにいませんでした。

自分は終始冷静でいたつもりでしたが、犯人の顔や細かい服装(大まかな色だけは覚えていた)を全然覚えていなかったことにはむしろ意外でした。

その後、駆けつけた妻ともども病院に行き、頭部を縫って家に帰りました。

11) PSTD

襲撃事件のあらましは以上です。
今回の事件については終始冷静でいたつもりでした。だから「怖かったでしょう」とか「精神的ダメージ」とか言われても、平気、平気と思っていました。

でもやはり精神的なダメージは残っているものですね。翌日、日中に知らない人が近づいて声を掛けてきたとき(店でスタッフは募集していないかを聞きにきたのですが)、自分でも想像しない程「怖い」という気持ちになりました。

また運転中信号待ちをしている前の横断歩道を歩いている人が突然襲いかかってきたらどうしようという気持ちになり、ちょっとだけ構えてしまいます。

いずれも深刻という程のことはなく、早晩癒えるとは思いますが、大した怪我をしなかった僕でさえこうなのですから、深刻な事態に陥った人のトラウマはきっと相当なのだろうなと思います。



以上です。
誰かの何かの参考になればと思います。

一応、インタビューを受け地元紙の一面に載ってしまったので、皆さんに多くご心配頂きましたが、元気にやっております。ご心配おかけしました。

そして大変多くの方から、励ましのメッセージを頂きました。それがどれだけ僕を励ましてくれたか知れません。この場を借りて改めてお礼申し上げたいと思います。

本当にありがとうございました。

鶴賀太郎

what's "my wife's camera"?

2014-03-02

美しすぎるストーカーソングBest5

先日やった「私的映画ダンスシーンBest10」に味をしめて勝手にランキング第2弾。

ストーカーソングBest5。

1980年代、まだストーカーなんていかつい言葉がなかった時代、恋する少年はみんなストーカーだった。

意味もなく遠回りをして好きなコの家の前を通って帰ってみたり、気になるコと一緒になるために毎日同じ電車の同じ車両に乗ったり。

そして人々はそうした思いを甘酸っぱさとか切ないものと受け止めるだけ牧歌的だった。Dustin Hoffmanの"Graduate"(『卒業』1967)も大ヒットした。

たしかに思いつめたストーカー犯罪は恐ろしい。でも思いつめて純化された思いが人々の心を打つくらいに美しく響くこともある。


 第5位
"Nights on Broadway" The Bee Gees, 1975

70年代はシャレオツディスコサウンドでもストーカーすることが許されていた。すべてはブロードウェーの夜のせいにしながら。



"Nights On Broadway"

Here we are in the room full of strangers,
Standing in the dark where your eyes couldn't see me

Well, I have to follow you
Though you didn't want me to.
But that won't stop my lovin' you
I can't stay away

Blaming it all on the nights on Broadway
Singin' them love songs,
Singin' them straight to the heart songs.
Blamin' it all on the nights on Broadway
Singin' them sweet sounds
To that crazy, crazy town.

Now in my place
There are so many others
Standin' in the line;
How long will they stand between us?

Well, I have to follow you
Though you didn't want me to.
But that won't stop my lovin' you
I can't stay away

Blaming it all on the nights on Broadway
Singin' them love songs,
Singin' them straight to the heart songs.
Blamin' it all on the nights on Broadway
Singin' them sweet sounds
To that crazy, crazy town.

I will wait,
even if it takes forever;
I will wait,
even if it takes a life time.
Somehow I feel inside
You never ever left my side.
Make it like it was before
Even if it takes a life time, takes a life time.

Blaming it all on the nights on Broadway
Singin' them love songs,
Singin' them straight to the heart songs.
Blamin' it all on the nights on Broadway
Singin' them sweet sounds
To that crazy, crazy town.


第4位
"What a fool believes" The Doobie Brothers, 1978

めちゃくりゃ好きな曲だけど、ストーカー度が低いので4位という低い順位でランクイン。それにしてもこの曲にこの詞のせるなんてMichael McDonaldとKenny Logginsはどれだけ天才なんだ。




"What A Fool Believes"


He came from somewhere back in her long ago
The sentimental fool don't see
Tryin' hard to recreate
What had yet to be created once in her life
She musters a smile
For his nostalgic tale
Never coming near what he wanted to say
Only to realize
It never really was

She had a place in his life
He never made her think twice
As he rises to her apology
Anybody else would surely know
He's watching her go

But what a fool believes he sees
No wise man has the power to reason away
What seems to be
Is always better than nothing
And nothing at all keeps sending him...

Somewhere back in her long ago
Where he can still believe there's a place in her life
Someday, somewhere, she will return

She had a place in his life
He never made her think twice
As he rises to her apology
Anybody else would surely know
He's watching her go

But what a fool believes he sees
No wise man has the power to reason away
What seems to be
Is always better than nothing
There's nothing at all
But what a fool believes he sees...


第3位
"Every Breath You Take" The Police, 1983

ストーカーソングと言ったら、真っ先にこれを思い浮かべる人も多いのでは。1980年代後半、バブルの渋谷のHUBのレーザージュークではBobby Brownの"Every Little Step"とともにヘビーローテされていた(冬場にはそこにWham!の"Last Christmas"が加わった)。



"Every Breath You Take"

Every breath you take
Every move you make
Every bond you break
Every step you take
I'll be watching you

Every single day
Every word you say
Every game you play
Every night you stay
I'll be watching you

O can't you see
You belong to me
How my poor heart aches with every step you take

Every move you make
Every vow you break
Every smile you fake
Every claim you stake
I'll be watching you

Since you've gone I been lost without a trace
I dream at night I can only see your face
I look around but it's you I can't replace
I feel so cold and I long for your embrace
I keep crying baby, baby please

Every move you make
Every vow you break
Every smile you fake
Every claim you stake
I'll be watching you



第2位
"You're Beautiful" James Blunt, 2005

ラジオで流れてきて本当に美しいいい曲だと思いながら詞に耳を傾けて耳を疑った。21世紀にかくも堂々たるストーカーソングをリリースしたことに敬意を表してStingより上の2位にランクイン。
Flying High♪の下りは元々はFucking Highという歌詞だったんだけど、ラジオ局で流せないという理由から変更された。ただし日本では当初はFucking highバージョンが放送されていた。

(注:僕も含めた多くの人がこれをストーカーソングと受け止めたみたいだけど、実は別れた元カノが別の男と歩いているのを地下鉄でみかけて作ったという説が有力。Planとは自殺をほのめかしているのではないかとする説も。山崎まさよしにおける"One more time, One more chance"みたいな曲か)




"You're Beautiful"



My life is brilliant.

My life is brilliant.
My love is pure.
I saw an angel.
Of that I'm sure.
She smiled at me on the subway.
She was with another man.
But I won't lose no sleep on that,
'Cause I've got a plan.

You're beautiful. You're beautiful.
You're beautiful, it's true.
I saw your face in a crowded place,
And I don't know what to do,
'Cause I'll never be with you.

Yes, she caught my eye,
As we walked on by.
She could see from my face that I was,
Flying high. [ - video/radio edited version]
Fucking high. [ - CD version]
And I don't think that I'll see her again,
But we shared a moment that will last 'til the end.

You're beautiful. You're beautiful.
You're beautiful, it's true.
I saw your face in a crowded place,
And I don't know what to do,
'Cause I'll never be with you.

You're beautiful. You're beautiful.
You're beautiful, it's true.
There must be an angel with a smile on her face,
When she thought up that I should be with you.
But it's time to face the truth,
I will never be with you.


第1位
"My Cherie Amour" Stevie Wonder, 1969

Stevieの一番好きな曲のひとつは完璧なるストーカーソング。
でもなんでこんなに美しいんだろう。




"My Cherie Amour"



La la la la la la, La la la la la la

My cherie amour, lovely as a summer day
My cherie amour, distant as the milky way
My cherie amour, pretty little one that I adore
You're the only girl my heart beats for
How I wish that you were mine

In a cafe or sometimes on a crowded street
I've been near you, but you never noticed me
My cherie amour, won't you tell me how could you ignore
That behind that little smile I wore
How I wish that you were mine

La la la la la la, La la la la la la
La la la la la la, La la la la la la

Maybe someday, you'll see my face among the crowd
Maybe someday, I'll share your little distant cloud
Oh, cherie amour, pretty little one that I adore
You're the only girl my heart beats for
How I wish that you were mine



少なからぬ場合、ストーカーソングってそのアーティストの代表曲だったりするんだよな。純化されている分だけ切ないのかしら。

今は中々ストーカーソングが出にくい時代になっているけど、このラインアップを見ると少しだけ寂しい気がする。

what's "my wife's camera"?

安倍ちゃんが歴史に名を残すためには。


それにしても安倍ちゃんは何かにつけ話題に事欠かない首相だ。

好き嫌いは別として、信じるところに向かって全力で次から次へとできる手立てを打っているからなのだろう。

だから安倍ちゃんのことを「極右だ」とか「バカだ」と批判する声は後を立たなくとも、「腹黒い」とか「悪徳政治家だ」という声を聞くことはない。

しかし一生懸命やってりゃいいという問題では勿論ない。
首相なんだから国益を確保しつつ、国をいい方向に導いてくれないと困る。
そして人々はその基準に照らして安倍ちゃんを評価すべきなのだけれども、彼に対する評価はどうも感情的に走りがちだ。

本来なら彼の政治信条に対する評価と、それを実行するための手腕に対する評価の二つの評価がなされるべきなのに、政治信条が強すぎるために感情的なアレルギー反応が噴出ししてしまう。

僕自身、政治信条においては安倍ちゃんとはかなりの面において相容れない。でも安倍ちゃんの立場に立って、彼が実現したい政策を実現する手腕を評価してみると、さすがに前回の失敗から学んでいるのか、中々に上手い運営をしていると思う。

しかしいくら衆参両院握っていて政権運営が上手くともできることとできないことがある。集団的自衛権の容認を進めることは今の安倍ちゃんにはできない。

今の彼にはその政治的リソースはない。

安倍ちゃんを支えていた景気に対する期待も消費税の導入と第3の矢が放たれなかったことによって失速するし、外交においても靖国問題で完全に全方位的に防戦一方。強行して閣議決定しようとしても、何かあったら最高裁が違憲判決を出すのは自明の中、どう考えてもうまくいくわけない。

そしてそれ以上に決定的にうまくいかない理由がある。それは安倍ちゃんがかなり右寄りの政治家だと思われているということだ。右バッターが歴史に残るようなライト線ギリギリのホームランを打つことは至難の業だ。

僕は立憲政治についての基本がわかっていない安倍ちゃんに憲法をいじって欲しくないと思っているので、解釈改憲だとかには猛反対だし注意を怠ってはいけないと思っているけど、基本的には大丈夫なんじゃないかと思っているのはそんな理由からだ。

しかしそんな安倍ちゃんでも日本の歴史に名前を残すことができるチャンスがあると思っている。それは安倍ちゃんがかなり積極的に取り組んでいることだ。そしてそれは世界から極右だと思われている安倍ちゃんだからこそ実現する可能性があることだ。

北方領土の返還だ。

詳しい歴史は割愛するけど、帝国主義/冷戦的コンテクストで奪われ、アメリカに従属するサンフランシスコ体制の中で奪還できず、いつの間にか周辺が伏魔殿化したのが北方領土問題だ。

それが今、久しぶりに北方領土問題が進展する千載一遇のチャンスが来ていると元外務省ロシアスクールのエース、東郷和彦氏は言っている

ロシアは様々な国境問題を確定したがっているし、実効支配しているにも関わらずプーチンも「原則引き分けで領土問題をやりましょう」と言っている。
もちろん安倍ちゃんだって領土を奪還したい。人権問題などから主要国のトップは誰も参列していないのに、ソチオリンピックの開会式に行ったし、オバマ、パク・クネとはほとんど話もしていないのに、プーチンとは5回も話している。

間違いなく安倍ちゃんは北方領土でも得点を上げたがっている。
そして比較的リベラルな政治スタンスを取る僕も事態を進展させて欲しいと思っている。恐らく日本人の大半はそう思っているのではないかと思う。

いわば日本人の悲願とも言える北方領土問題、安倍ちゃんなら前に進めることができるかも知れないのだ。

ちょっと技術的な話になるけれども、4島をロシアがすべて実効支配している中、それらをすべて即時返せというのはロシアの立場からすると「引き分け」としてはありえない。他方、日本からすれば日ソ共同宣言に従って色丹・歯舞の2島は最低でも即時返還してもらわないと話にならない。となると2島と4島の間のどこか、つまり2島+αというのが現実的な交渉の開始点になる。

しかし日本にはいつからか4島一括返還以外は受け付けないという論調が出来上がってしまっている。だから普通の首相が2島+αと言ったら猛烈な反発は必至の状態にある。

実効支配される時間が長くなればなるほど回復は難しくなるにも関わらず、現実的な交渉をしようとすると「日本固有の土地に対して妥協するなんてけしからん売国奴だ!」と息巻く輩が出てくる。

そういう勢力を黙らせるには一つしか方法がない。最も右に位置する首相が「2島+αで行く」とリーダーシップをとることだ。そして安倍ちゃん以上にそれに相応しい首相はいないし、今後も出てこないだろう。いや、出てもらっては困るし。

というわけで北方領土問題を進展させることができるのは安倍ちゃんしかいないと本気で思う。そして在任中にそのことが出来れば、日本の現代史に名を残すに値するだけの偉業として評価されると思う。

靖国を参拝した時点で政治的リソースをかなり吐き出しちゃってるのだから、集団的自衛権だとか身の丈知らずのことに取り組まないで、北方領土の一点にこれからの任期を費やして頂けないでしょうか、安倍首相。


追伸:
時々顔がえらく浮腫んでいることがあるのが気になります。首相は激務だと思いますので、ストレスの元になるいらぬ火種は起こさずにみんなが喜ぶことに注力して頂きたいと心から思うのです。


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2014-02-24

私的映画ダンスシーンBest10

何かのリンクで映画の中のダンスシーンばかりを集めたものがあったのを見て、私的映画のダンスシーンベスト10を選びたくなった。

というわけで誰に頼まれたわけでもないけど早速。

第10位
Gregory Hines & Mikhail Baryshnikov in "White Nights"


中学の時、渋く一人渋谷東急文化会館で観てやられたダンスシーン。


第9位
Mike Myers in "Austin Powers"


生涯観た映画で一番おしゃれな映画を問われたら『エレキの若大将』を押さえての"Austin Powers"。特にこの幕間の映像を初めて観たときは完全にもってかれた。これをダンスと呼ぶかどうかは別にして。


第8位
One/Final in "A Chorus Line"



この踊りをベースに振付した運動会用ダンスでポーラ・アブタロウ名義でカリオグラファーデビュー。この映画のMichael Duglous、41歳は今の僕と同い年か。


第7位
Anita Ekberg in "La Dolce Vita" 


印象に残るダンスシーンを思い返そうとしたとき、なぜだかこれが頭に浮かんで来た。いわゆるダンスっぽくはないけど、衝動が体の動きに現れるという意味でとらえればこれ以上に美しい映画のダンスシーンはそうはないと思う。

第6位
Joseph Gordon-Levitt in "500 days of Summer"



ミュージカル系のダンスシーンで一番好きなのがこれ。とにかく楽しいよね。この枠を争ったのが"Ferris Bueller's Day Off(フェリスはある朝突然に)"のTwist and Shoutのシーンだったけど、よりダンス感の強いSummerが入選。


第5位
Gene Kelly in "Singing in the rain"



ミュージカル系では"500 days of Summer"と言った舌の根も乾かぬうちのこれ。
ま、これは別格だからいいでしょ。このイントロ聞くと踊りだしたくなっちゃうもん。


第4位
Uma Thurman in "Pulp Fiction"




Uma Thurman、Pulp Fictionと聞くとJack Rabbit Slim's Twist Contestを思い浮かべる人の方が多いと思うけど、僕はこっち。
"Girl, You'll Be A Woman"はカッコ良すぎるし、Umaの踊り方も気持よさそう過ぎるし、その姿もカッコ良すぎるし、オーバードース顔怖すぎるし。


第3位
Shinichi Tsutsumi &Yasuko Matsuyuki in "Monday"




ある種のダンスは振り付けという概念では説明がつかず、とても属人的なものだったりする。だからこそ卓越した才能は時に信じられないようなシーンを生み出す。
キレキレの堤真一とエロい松雪泰子、日本映画史上に残るダンスシーンです。


第2位
Tom Hanks in "Big"



NYのFAO Schwarzでの超有名シーン。1988年高校生だった僕には、この映画から感じられる喪失感の方が春樹から得られるそれよりも遥かに大きかった。
あれからさらに多くのものを失った今観ると改めてパーフェクトな映画的ダンスシーンだと心打たれる。



第1位
Al Pacino & Gabrielle Anwar



決して派手ではないけれども、これほど映画的に完璧なダンスシーンもないと思う。短い一曲のタンゴのプロットの中に、人物造形から心理描写、その後の展開の暗示まですべて集約されている。そして何よりも美しい。何度も観たくなる。
タンゴから次の曲への移り変わりから、Gabrielleの息の抜けるような喋り方まで完璧に大好き。最高。


いやあ、楽しかったぁ!
この他にもSaturday Night Fever、Flash Dance、West Side Story、Dirty Dancing、 Tropic Thunderなどなど素晴らしいダンスシーンのある映画は本当にたくさんあってかなり迷ったけど、独断で順位をつけるのは楽しいね。オススメですよ。
今度は何のランキングを作ろうかしら?


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2014-01-15

フード左翼と平安美人




フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人』(朝日新書)の著者・速水健朗さんへのインタビュー記事がアップされた。

自分探しが止まらない』『ラーメンと愛国』『都市と消費とディズニーの夢』『1995年』など、速水さんといえば毎度面白い切り口で人気のライターだが、今回の本もまた面白かった。

フード左翼とは、アンチ「食の工業化」で、親「ベジタリアン、マクロビ、オーガニック」な人たち。フード右翼とはその対立概念で、ジャンクや安くて便利で量の多い物を好むような人たち。

本書はフード左翼を中心に書かれ、最終的には消費者としての立場が政治意識を決定づけているのではないかとする意欲作。まあ、面白いので興味のある人は読んで欲しい。

速水さんは近年フード左翼的食生活に傾斜しつつも、食の理想を過度に追求しようとする人たちには冷ややかだ。オーガニック食品だけでは世界の人口を支持することはできないので、遺伝子組み換え食品だろうが上手く活用していくべきだとしている。そして遺伝子組み換え食品を忌み嫌う人たちの主張はオカルトの域をでないと一刀両断する。

速水さんがそう考えるのも、彼が経済保守の立場に立っているからだ。つまり基本的には市場原理に任せた小さな政府がいいという発想だ。そのことは彼のこれまでの発言を見れば明白だし、インタビューも何度か「経済保守の立場をとっている」と自分で言っていた。

その考え方はとてもわかる。なぜなら私自身がちょっと前まで同じような立場だったからだ。中学高校の授業を通じて一番感動したことの一つはアダム・スミスの「神の見えざる手」の説明だったし、そういうメンタリティーがなければ新卒で証券会社なんていかない。

しかし最近少し考えが変わった。詳しく書くとキリがないので、簡単にいうと資本主義このままじゃ後数十年で行き詰まらざるをえないと考える理屈に行き着いたから(マーケットの成長率が資本移動に依拠しているということ、途上国の中産階級の激増、平均利潤率均等化の問題など)。

じゃあポスト資本主義に対して明確な回答があるかといえば、そんなものはあるはずもない。そしてどうしたらいいものか、と誰に頼まれるわけでもなく日々漠然と考えていた。

他方速水さんは、資本主義が限界に差し掛かっているという言説は、この150年くらいいつも繰り返されて叫ばれていることであり杞憂だ、という立場をとっている(本には書かれていないけど、インタビューではそう言ってた)。

とはいえ速水さんの考えは僕が抱いている危惧を払拭してくれるわけではない。今後人類はどういう道を模索すればいいのだろうと思っていたところ、宮台真司さんがVideonews.com の中で面白いことを言っていた。

それはスローフードとLOHASの違いを説明しているくだりでだった。宮台さん曰く、両者の違いは内発性と自発性の違い。つまりスローフードは「スーパーで売ってるよくわからない野菜よりも、多少値段が高くても顔なじみで気心しれた近所の農家のおっちゃんの作った野菜が買いたい」という気持ちであるのに対して、LOHASは「最近はオーガニック野菜が売れ筋だからオーガニックのラインアップを増やそう」とウォールマートが考えることという。

宮台さんは資本主義の限界と騒ぐ輩は愚昧で、内発性を高めることこそが大事だとも説いていた。

これは目からウロコだった。私がかつて新自由主義に傾倒し、速水さん同様経済保守の立場をとっていたのは、かっこいい言い方をすれば市場の力を信じていたからであり、ストレートにいうなら欲望に根ざしたシステムがとてもよくできていたからと思ったからだ。

宮台さんは、今のままでは資本主義は立ち行かなくなるけれども、欲望そのものがより健全なものになれば何の問題もないといっているのだ。

ここで問題は、果たして人間の欲望そのものを変えることができるのだろうかということだ。

少しでも安いものを買いたいという気持ちの強さには、ある種の普遍性があるのではと思えなくもない。

しかし必ずしも悲観することもないのかも知れない。もし人が経済合理性だけで動くなら行動経済学なんて発達するわけはない。感情の質そのものだって変わる可能性だってある。なにせ平安時代の美人は凹凸の少ないオカメ顔だったというのだから。

十二単を着たオカメ顔を可愛い!と人々が思うようになることと比べれば、顔見知りから野菜を買いたいと思うようになることの方が余程ハードルが低いと私は思う。

そして人々のマインドセットがそのように変われば、資本主義という枠組みを残したままでも十分に人々は持続性を勝ちうるかも知れない。いや、欲望がそのままエネルギーになる分だけ強度が強く、結果速水さんのいうとおり何らかしらのソリューションが生まれてくるかも知れないのだ。

とりあえず、顔の見える範囲の人へのありがとうを大切にするところから始めていこう。

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2014-01-10

糸井重里さんの「オンとオフだとか、あれは古い」発言から見えるもの。




こんな記事に遭遇。

糸井重里さんに聞いた「公私混同」する働き方

ほぼ日手帳」についての記事だが、その前半を端的にまとめると
「今の時代仕事をするのにオンとオフを区別するのは古い。互いに影響し合ってるんんだから」というもの。

これ「今の時代」に限らず、フリーで仕事をしている人や零細の自営業者なら当然。事実FBでそう書いたところ、フリーや自営業者を中心に我が意を得たり的反応をもらう。

とエラそうに書いたが、何十年も常に最尖端で活躍をし続けてきた糸井さんがそんなことに今さら気づいて「オンとオフの区別は古い」というはずもない。

ではなぜ糸井さんは今頃そんな発言をしたのだろう。

冒頭で書いたとおり、これはほぼ日手帳に関する記事、つまり普通の人に向けてされた発言ということだ。そして日本において手帳を使う普通の人の大半は勤め人だろう。

糸井さんはリーマンにとってもオンオフを区別時代じゃなくなってるよ、と教えてくれているのだ。

じゃあ区別があった時代があったのかというと、これがあった。

たしか90年代に「奴隷のように働き、王様のように遊ぶ」というようなコピーのクレジットカード会社か何かのコマーシャルがあったと思う。仕事は猛烈にこなしながらも、一度会社を出たら仕事を引き摺らずに完全にオンとオフをわけるのがイケテルとされた時代があった。

そう言われると「そっちの方がいいじゃん」という人は今もいるだろう。でも、そういう時代じゃないんだよね、と糸井さんは言っているんだろう。

なぜそういう時代ではないのかということは、そのコマーシャルが生まれた時代背景を考える必要がある。

もちろんバブルの残滓があって一生懸命稼いで、派手に楽しむということが是とされてきたこともある。でももう一つより現実的な側面もある。それは人々が完全に会社に縛られていたということだ。

仕事が終わっても付き合いの飲みニケーションがあり、週末には接待ゴルフ。帰る家は社宅で、夫のポジションがそのまま社宅内での奥さま方のヒエラルキーを決定づける。年に一度の社内旅行は半強制で、独身なら結婚相手の心配までされる。当然、自分の仕事が終わっていようが、課の他の人が皆残業していたらクロックアウトして帰路につくなんてことはありえない。たとえ残っているほとんどの人の理由が周囲の様子見とソリティアであったとしても。

まあバブルでJapan as number one気分でイケテル気持ちでいたけど、その実、労働生産性は高かったことなんかなかったわけだから、ハードワークするということとダラダラ働くといことはなんか違うんじゃねえか、ということに気づいている人は当時もいた。バリバリ稼ぐから下らない同調圧力は勘弁だ、という一つの主張が「オンとオフ」「王様と奴隷」になったわけだ。

しかし裏を返せば当時は中間共同体としての会社が機能していたということでもある。当時日本は世界で唯一社会主義が成功した国と揶揄されていたけれども、その中で大切な役割を担ったのが会社だった。

中間共同体なんていうと大仰に聞こえるかも知れないけど、要は帰属意識を持てる共同体だ。多くの国では宗教ならびにそれを取り巻く教会などの施設が帰属を含めた精神的支柱になっているが、日本はそもそも多神教な上に太平洋戦争に敗戦したため宗教にそれを託すことが難しくなった。また急激な高度経済成長により都市化が進み、同時に地域共同体が弱体化した。

その代わりに会社の果たした役割は大きかった。業務とは関係のない煩わしいことも多い代わりに、堅固な受け皿として社員をきちっと包摂していた。

私が新卒で入社した企業は、会社に忠誠さえ誓えばそこそこいい給料、行き届いた福利厚生、条件のいい住宅ローンから身元のしっかりしたお嫁さん候補まで用意してくれていた。会社を誇りに思い、それにノレる人たちにとっては最高の共同体だった。

会社共同体のもたらす利益を存分に享受していた当時の人たちは、心の奥底では煩わしさは共同体の一員たるコストだとわかっていた。だからかっこつけて「オンとオフ」といってみても、それがファンタジーだということはわかる人はわかっていたはずだ。

それも今は昔。私のいた会社は独身寮や保養施設は売却をして資産を圧縮し、2ヶ月間研修センターにカンヅメさせて行った新人研修のコストは優秀な中途人材を採用する原資になっている。

もはや会社は守ってくれない。それどころかいつクビにされてもおかしくない。会社自身もいつ倒産したり、買収されるかも知れない。

会社を離れたらプライベートな時間が欲しい?どうぞ、ご勝手に。どうせ会社ではもう面倒みてあげることはできないし。

かつて会社に縛られ(オン)、人々が渇望していた自由(オフ)は、大海に寄る辺なく解き放たれるという形で獲得されたわけだ。

そもそも縛り付けるものがないのだから、オンとオフの区別という考え方自体が古くなりつつあるということになる。

もちろんまだ会社によって温度差はあるだろう。でも間違いなく日本の会社共同体は機能しなくなってきている。

となると会社との関係は以前とは変わってくる。それは"会社"という主体があって、そこに「人材」として所有的に囲い込まれることではなく、あなた自身が主体となって労働力なりスキルを提供しにいくということになるのだ。

主体があなた自身である限り、平日も休日も勤務時間中もアフター5も関係ない。常にあなたという人がいるだけだ。あなたがキャリーしているもの、すべて丸ごとがあなたのキャリアになる。

逆にいうと、常に主体であることを求められる時代になっている。そこに主体がないと機械やコンピュータに簡単に置き換えられてしまうという世知辛い時代にもなっている。

自営業もフリーもリーマンもない。みんな平等に世知辛い。だからこそ楽しんで主体性をもってやっていかないといけない。糸井さんはやんわりと、そして厳しくそう教えてくれている。

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