2013-09-17

【映画評】"Kick Ass 2"



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"Kick-Ass 2"( キック・アス2)
監督: 主演: 

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いたい気な少女Hit-Girlが、派手なアクションで次々と無慈悲かつ残忍に敵を倒していくのを、大興奮でやんや喝采していた正統派Kick-Assファンには今回の続編はあるいは物足りないかも知れない。

"Kick-Ass 2"では現代アメリカ社会の抱える深淵なテーマにまで踏み込んでしまった。Kick-Assの無邪気な季節は過ぎ去った。

例により、ネタバレに対する考慮は一切ないので、事前に内容を知りたくない鑑賞前の方は鑑賞後にお読みください。

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ネタバレ注意
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<ヒーロー映画ではなく、ビジランテ映画としてのKick-Ass2>
Kick-Ass 2はヒーロー映画ではない。前作と異なりヒーローが悪者と対峙しカタルシスを得る構造になっていない。

ヒーローとして闘うのでなければKick-Ass/Hit-Girlは何として闘うのだろうか。それはビジランテ(vigilante: 自警団)として闘っているのだ。

ビジランテは共同体の秩序を守るために形成される。中央政府に対する不信感という政治的理由によって組織されることもあるが、統治権力が治安維持をすることが困難になった場合に自然と形成されることもある。

本作の場合はどうだろうか。

統治権力の治安維持装置といえば何といっても警察組織だ。ところが本作における警察組織は存在感がないのみならず、極めて無能に描かれている。同じビジランテ映画、Batmanシリーズでもそこまで警察が無能に描かれることはない("The Dark Knight Rises"映画評はこちら)。

冒頭の立ち回りのシーンではHit-GirlはおろかKick-Assさえ拿捕することもできていない。その後Daveの父親を誤認逮捕した上で留置場で殺されるという失態を犯し、Mother Russia との攻防では一方的にやられるだけだ。どう考えても警察が治安維持装置として機能しているように描かれていない。

このことが何を意味しているかは自明のように思える。それは作り手がアメリカの統治権力が機能していないと感じ不信感を抱いているということだ。

アメリカ人は世界でも有数な愛国心の強い国民であると思うが、彼らのメンタリティーはいささか日本人には理解しづらいところがある。彼らは"アメリカ"という抽象やその建国の理念に関しては揃って感銘し忠誠を誓うのだが、それがすなわち連邦政府を支持することにはつながらないのだ。むしろ連邦政府を忌み嫌うものさえいる。この辺りのことは以前銃規制や合衆国憲法修正第2条のことと絡めて書いているので興味があれば読んで欲しいが、アメリカ人には「お上の事には間違いありますまいから」という日本的感覚はゼロだということだけはしっかり理解する必要がある。

逆に統治権力=アメリカ建国の理想を叶えるリーダーと思える時、アメリカ人は連邦政府を支持する。強いリーダーシップと理想的な規範を父性として崇拝するのだ。

裏を返せば、警察や統治権力が機能していないという風に描かれているこの映画上では「アメリカ社会が父性不在の時代に突入してしまった」と言っているようなものなのだ。

つまり本作は父性が機能しない現代に我々がどう生きるべきかを問うている。

ここで唐突に父性を語られることに戸惑いを覚える人もいるかも知れないが、実は主要登場人物3人の行動原理はみな父性との関係性上に成り立っている。

<主要登場人物3人と対峙する父性>
まず敵役のMotherXXckerことChrisは映画冒頭で誤って母親を殺してしまうが、実はより重要なのは父親との関係だ。

父性が象徴するものは支配であり、堅固な道徳規範である。Chrisは両親、特に大きな存在だった父、を失うことによって誰からも支配されなくなり、また社会との結びつきである道徳からも自由になってしまう。その結果、独善的な正義が振りかざされ、MotherXXckerという幼稚なヒールとなる。

うがった深読みをすればChrisはGeorge W. Bushのメタファーであると考えられなくもない。

次にKick-AssことDaveと父親の関係だ。Daveの父親はどちらかというと善良ではあるが冴えないタイプだ。それでも息子がおかしなことをしているのではないかと心配し、それを正そうと頑張る。

彼は牧歌的な時代の父性の象徴である。善良に生きることを旨とし、それに務める。しかし彼は本作では何も成していない。息子の身代わりになるのは一見英雄的な行為に見えるかもしれないが、それ自体は何をも解決しなかった。

牧歌的な時代の父性は、現代においては無力に殺されゆくだけに描かれる。

では本作でキモとなっているMindy a.k.a. Hit-Girlはどういう父性と向きあっているのだろうか。彼女が向きあう父性は一作目で殺されてしまう実父のBig Daddyではない。親代わりとして彼女に接するBig Daddyの警察官時代の相棒のSgt. Marcusだ。

Marcusは完璧で理想的な父親役を務める。深い愛情と威厳をもってMindyに接し、決して感情的になることなく、彼女と向き合い必要に応じて彼女を諭す。

MindyもMarcusの愛情を深く感じ、それに応えようとする。しかしここでMarcusがとってしまうのはメジャーグループの女の子の中にMindyを放り込もうとすることだった。

<資本主義の象徴としてのメジャーグループ>
お約束でbitchである彼女たちとは決裂をする。Kick-Assファンはスクールカーストでいうなら相対的にNerdが多いだろうから、Jockサイド相手に溜飲を下げヤンヤするお決まりの展開だ。

しかしこの映画においてメジャーグループの女の子たちが象徴するのは単なるスクールカーストの頂点ではない。それは資本主義社会そのものなのだ。

おしゃれな彼女たちがパジャマパーティーで集まり、マニュキュアを塗りながらガールズトークをする様子には確かに勝ち組感がある。しかしその前にストリートで返り血を浴びながらギャングと命の切った張ったをしているMindyを知っている観客にとってそれはとても空虚なものに映る。特に商業アイドルであるボーイズグループがカメラ目線で甘い声で歌うのに彼女たちがウットリする様子は、いかにも非リアルなママゴト恋愛にしか映らない。

ここで大事なのは、理想的な父性であるMarcusが、そのグループに入ることをMindyの幸せだと思ったということなのだ。空虚な資本主義的ヒエラルキーで上位に放り込むこと以外で娘の幸せを達成する想像力がなかった。最も信頼できる男、知性と理性と愛情の塊であるMarcusでさえ、つまり現代社会の理想的正統派父性でさえ、混沌としてこれからの時代を乗り越えるための想像力を提示することができないのだ。

社会の父性(統治権力、警察)が機能せず、伝統的な父性も役に立たず、現在理想的だと思われる父性でさえ未来に対して何の想像力を発揮することのできない現代において、どう生きるべきかを問うているのが"Kick-Ass 2"なのである。

<イニシエーションとしてのキス、そして道なき道>
Marcusの期待に応えようとしたMindyだが、彼女が真っ先にしたことは「資本主義的王道」の道から外れることだった。一瞬そこに憧れを感じつつも、そこに21世紀のリアルはないということを看破した彼女はその世界を後にする。

そして父親を殺されたDaveにMotherXXuckerと対峙することを促す。Mindyにとってリアルな世界は国家とか資本主義とかの上位概念ではなく、家族とか友だちという手に触れることができる世界であることを確認するのだ。

闘い、当然勝利を収め、MindyはNew Yorkを去ることをDaveに告げる。そして彼とキスをする。

このキスはとても切ないが、そこに性的ニュアンスは皆無だ。Mindyは「数々の殺人罪に問われ、Marcusに迷惑をかけるから」という理由でNYを後にする。
つまり父性と訣別することを決める。わずか14,5歳にして誰かの加護の下に置かれることを完全に諦め、新しい時代に対して自らの力で立ち向かっていくことを決意するのだ。

もとより戦闘マシーンとしては高度に完成されたMindyではあったが、この悲愴ともいえる覚悟によって彼女は完全に自立した大人になる。それは劇中絶えず成長を見せながらも、どうしてもボンクラな部分が残るDaveとは対照的な迷いのない自立だ。

キスという性的な行為をすることは一見大人へのイニシエーションのようにも映るが、実はMindyのイニシエーションは一気に数段高いステージに駆け昇り、すでにセックス経験もそれなりにある年上のDaveに対し、むしろ母性さえ見せるキスをするのだ。

Daveの方に性的興奮は生じただろうが、精神的に恐ろしい成熟を見せてしまったMindyの方にそのニュアンスはない。彼女にあるのはこれからを生きていことに対する壮絶な覚悟だけだ。

年長者と年少者という二人の関係が一気に入れ替わり、精神的な成熟の非対称性が浮き彫りになるこのシーンは、Mindyの決意の分だけ切なさという形で観るものの胸に残る。


そして観客は、毅然たる様子で道なき道を疾走するあどけなさの残るティーンエージャーの背中をただただ見送ることしかできない。

what's "my wife's camera"?

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