2013-04-22

娘が生まれた。

娘が生まれた。

結婚7年目、不妊治療の末に授かった娘だ。

出産には立ち会った。感動的だった。
娘が無事に出てきたことは思ったほど感動的というわけでもなかった。

出産の間の妻の様子が感動的だった。
彼女は陣痛の苦しみの中、笑みを携えていた。

いきむ声は地獄の断末魔というより、誕生の無事を懇願する親鳥のソプラノだった。

初めての出産は恐怖に違いない。
針の穴にラクダを通すような痛みと言われて平静でいられるはずもない。

でも妻は生まれてくる娘も不安に違いないと考えた。
生まれてくる子(私たちは妊娠中、あえて性別を聞かなかった)に自分の感情の起伏がすべて正確に伝播しているということは、9ヶ月の実感で妻は確信していた。

自分が出産中痛みに耐え切れずネガティブに思考してしまったら、赤ちゃんも世界に出てくることに怯えてしまうかも知れない。赤ちゃんにはこの世に幸福な気持ちで出てきて欲しいと妻は思っていた。笑顔で出てきて欲しいといつも祈っていた。

「世界はそんなに悪いところじゃないのよ」

出産の苦しみを男が理解するのは不可能だと人はいう。
想像を越える痛みの中、妻は生まれてくる子を安心させるためにできるだけ美しい声を出そうと努めた。大丈夫だからね、笑顔で伝えようとした。

理想的な安産だった。

出産の苦楽が何で決まるのかはわからない。すべての母親は自分なりに子供の無事な出産を願っているのだろう。正解なんて知らないし、あるかどうかさえわからない。でも、妊娠中も含め、彼女の生まれてくる子への愛は100点満点だった。

私にとって娘はかわいいというよりも無二というか、特別な存在だ。
これから少しずつコミュニケーションが取れるようになっていき、どんどん可愛く思うようになるのだろうと思う。

その大切な娘の母親を妻が務めてくれている幸福を私は噛みしめている。
想像を絶する痛みの中、美しいソプラノを室内に轟かせ、生まれてくる娘への愛だけで顔に笑顔を満たす奈穂乃がいる。

華乃、お母さんのような美しい人のいる素晴らしき世界へようこそ。