2013-01-10

20%ルールの続き。



先日のエントリーで20%ルールを適用した働き方について書いてみたものの、ちょっと具体的なイメージがつかみにくいかな、などと思ってみたりもした。

ところが先日「これこそ20%ルールの美しき形だ!」と思わせる人がいたので紹介したい。Rhymester の宇多丸さんだ。

Rhymesterといえば日本のヒップホップの草分け的存在のいわば大物グループ。宇多丸さんはそのラッパーの一人だが、活動の場はヒップホップのみに留まらず、アイドル評論からTV出演まで多岐に渡っている。

中でもTBSラジオに持つ冠番組「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」の映画評のコーナー「シネマハスラー」での活躍は際立っている。

詳しい経緯は知るよしもないが「宇多丸さん映画相当詳しいし、弁も立つし映画評できるんじゃないの?」という感じで始まったコーナーではないかと想像してみる。そしていざ始めることになった宇多丸さんは嬉しかったと同時に「オレなんかが公共の電波で映画評をやっていいのか」とビビったのではないかと。

というのも、いくら根が真面目とはいえ宇多丸さんのこのコーナーにかける準備が尋常じゃないのだ。たとえば一本の映画を評論をするのに、原作があれば読み、監督の過去作は可能な限り入手し予習し、3D映画なら3D版と2D版を、吹替えと字幕があるなら双方を、そうでなくとも一作2回は観て、きちっとノートを取ってから評論に臨むのだ。監督のインタビューなどを海外の記事をも含めてネットで調べているのもまず間違いないだろう。

甲斐あってコーナーは番組の人気コンテンツとなっており、このコーナーの評価が放送業界最高賞のギャラクシー賞の受賞にもつながった。今となっては宇多丸さんは日本で最も人気のある映画評をする人の一人といっても言いすぎではないだろう。

「映画評論家」という言葉を使わずに「映画評をする人」などという回りくどい表現を使ったのは、おそらく宇多丸さんは自分のことを映画評論家だとは考えていないだろうと思ったからだ。

本業はあくまでラッパーで、映画評はいわば「20%」の仕事として行っているというのが本人の自意識ではないか。

そしてそれこそが美しき「20%ルール」のあり方だと思うのだ。

言うまでもなく宇多丸さんの映画評はプロの評論家を名乗ってもまったく問題のないないクオリティーだ。

でも仮に「プロ」を「それでメシを食っていく人」と定義したなら、途端宇多丸さんはプロではなくなる。そもそも一本の映画を評するために毎回何本も本過去作を観て、原作を読んで調べ物して、なんて手間隙をかけてたら効率が悪すぎる。そんなやり方で食っていけるわけがない。

にも関わらず人気が出た後もそのやり方を継続するのは、大好きな映画に対するリスペクトがあるからだろう。そして濃密な熱量は確実にリスナーに伝わる。人気は衰えない。

食っていく必要性に迫られないからこその担保されるクオリティーがある。映画製作者や配給会社に媚びずに歯に衣着せずに言えることによって生まれる価値もある。

結果、宇多丸さんの映画評はイベントや書籍という形でマネタイズされる。そこで生まれたエネルギーが本業にもポジティブなバイブスをもたらす。
これほど綺麗なサイクルがあるだろうか。

意欲と才能がある人が、自らのGoodwillに従い本業とは異なったところで活躍をする。
そんな働き方をする人が増えたら、世の中はもう少し楽しい場所になるような気がする。

what's "my wife's camera"?

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