2012-02-25

心のベストテン第一位は?W8




今朝ハーフマラソンを走りました。
私は適当にふらふら走っているだけですのでランニングの醍醐味を語る立場にはないのですが、それでも数少ない経験からいうとマラソンやハーフマラソンなどのレースの楽しみにコンディショニングというものがあると思います。

普段から真面目に走ってタイムを気にしながら出場する人にとってももちろんコンディショニングは大切ですし、私のように普段出鱈目に暴飲暴食をしている人にとっては20kmとか40kmの距離を走るのにはそれなりにコンディションを整えなければいけないわけです。

そして一度コンディショニングを意識しだすと色気がでてくるわけです。「こうやったらもう少しいいタイムが出るんじゃないか」と。

その結果少なからぬ人がオーバーワークになってしまい、コンディショニングに失敗します。

私も今回数週間前に新しいフィジカルトレーニングに出会い、それにはまりました。結果フィジカル昨日が向上し、かなり調子があがりました。しかし好事魔多しというように、コンディションがよくなりすぎたためトレーニングの後にハイペースで走り、結果右足ふくらはぎが肉離れを起こしそうになりました。

そこからは今日に向けて慎重に調整を続けてきました。

正直言って最後までふくらはぎが持つ自信は全然ありませんでした。だから今日は無理をせずマイペースでいこうと心に決めていました。

ところがいざ走り始めるとこの一週間大事にメンテナンスしてきたせいか、ふくらはぎの調子は存外よく淡々と走ることができました。

そうなると欲がでてくるというのが人間というもの。出発から数キロ経った緩やかなくだりで小さな集団に抜かれました。ふくらはぎの怪我をする前はタイムを狙おうと思って参加していただけに抜かれると変な色気がでてきました。

「今日の調子だったらこれついていけるんじゃねえか」

そこでその集団についていくことにしました。最初は快調についていったのですが、しばらくすると今度は左足ふくらはぎが変調を訴えてきました。このままではつったり肉離れを起こしたりするかも知れない状態です。


私はあわててペースをもとのものに戻しました。そして猛烈に反省しました。私は走る前に目標をタイムから完走に切り替えたはずたったにも関わらず他人に惑わされ、自分のペースを乱してしまいました。

もちろん競技者だったら競争相手の動向を把握するというのは大切です。でもその必要がないのに、勝手に他者の目を意識してしまったことによって大事なものを損なうところでした。

そしてそういうことはランニングだけではなく、生活の様々な面で起きうるでしょう。大切なのは人と比較をすることではないのに。

とにかく他人に惑わされることなく、真摯に自分と向き合いながら走る。ランニングにとって、そして人生にとって大切なことを学ぶことができたレースでした。

2時間2分38秒。

what's "my wife's camera"?

2012-02-11

心のベストテン第一位は?W6



友人がサハラ砂漠を7日間かけて250km走る「サハラレース」に昨年出場しました。
別の友人もアメリカで100マイル(160km)レースに出場するなど昨今のジョギングブームの先に明らかにウルトラマラソンが存在するのを感じていました。

そこで彼らにインタビューをして記事を書こうとまず「サハラレース」に出場した友人にコンタクトをとりました。

そうしたらこの話が面白いおもしろい。結局記事は彼の話だけでまとめました

短い記事だったのでどこまで彼の話の面白さを伝えられたか自信はありませんが、本格的に走り始めてから半年で250kmを走ってしまい、そしてそのことについて語る口調に大変さを強調する浪花節がまったくなく、いかに素晴らしい経験ができたかということを熱心に語る。

今週の心のベストテン第一位は、彼へのインタビューでした。
ありがとう、黒澤。


what's "my wife's camera"?

2012-02-04

心のベストテン第一位は?W5




知り合いからご贈呈頂いたこちらの本。
官僚の責任」(古賀茂明、PHP新書)

さすがにこれだけメディアがオープンになってくると、官僚の思考やらその弊害のアウトラインはなんとなく想像がついてくる。しかしそれをつい先程まで現役バリバリで現場にいたキャリアの口からまとめて聞くと説得力というか迫力が全然違う。

経産省という立場にいながら、放言し続けることは並大抵ではなかっただろう。少なくとも出世を考えたら絶対に取らなかったはずの行動を筆者はとり、そしてそれを包み隠さず書いている。

本書にも記されているが、経産省内にも日本のエネルギー政策に対して疑問を抱いていた勢力がかつてはあったという。そして今回の事故を機にその勢力がまた息を吹き返しつつあるとも噂に聞く。

筆者の日本における立ち位置というものを知る由も無いが、恐らく筆者に対する口さがない意見も多いだろう。
しかし日本の堅固な官僚組織の中、筆者のような人物がいなければ日本は決して変わることはできない。

多くの優秀な友人が国のことを思い、憂い官僚になった。彼ら一人ひとりの現状は知らないが少なくとも官僚になったときの彼らの情熱は不純なものには思えなかった。

ただ若者の志を飲み込むのに十分なほど官僚組織が老獪な魑魅魍魎である可能性はある。

組織というものは個人の集まりではない。一つの有機的な生物だ。そして明治から続く現在の官僚組織という生き物の天寿はそろそろ尽きてもいい頃だろう。筆者のような人物の気骨が集まり、一日も早く安らかな眠りにつき、新しい時代の官僚組織が息吹くことを祈らずにはいられない。

what's "my wife's camera"?