2011-02-09

【書評】「市民と武装 - アメリカにおける戦争と銃規制ー」(小熊英二著)




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「市民と武装-アメリカにおける戦争と銃規制-」(小熊英二著/慶應義塾大学出版会)
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大分前に友だちに勧められて読んでいたのだが、Tucsonの乱射事件を機に本棚から取り出して再読すると印象より前に抱いた印象よりはるかに面白かったので書評を。

アメリカの銃規制の話をすると必ずでてくるのが合衆国憲法の修正第2条。これは国民が州民兵として武装する権利を憲法で保障するものだ。

銃規制反対派は建前上はこの修正第2条をかざして反対するということだ。しかし21世紀の現在州民兵として武装するという概念を我々日本人が感覚的に理解することは難しい。その歴史的背景をわかりやすく説明してくれているのが本書だ。

著者は冒頭で建国時のアメリカは開拓共同体としての側面が強かったので、「武装は権利というよりも、共同体の防衛に不可欠な義務だった」という。その証拠に「同時期にマサチューセッツでは、非武装の市民には課税することを決めていた」という例を挙げる。

これだけでもそれなりに面白いが、著者は次章で「無制限戦の開放」として独立戦争時のイギリス軍と戦い方について述べていく。ここがかなり興味深い。

イギリス軍は王侯の傭兵によって構成されていた。傭兵ということは金で雇われたものであり、強いモチベーションはない。彼らはきちんと軍服に身を包み、マスケット銃と呼ばれる滑空銃を使い横一列に隊列して戦う。そして王侯同士の戦争のときは相手の面子を保ちながら、ある程度適当なところで勝敗を決めていた。

しかしアメリカの建国の父であった自由市民にとってそういった軍隊は絶対王政の象徴であり、自分たちの自由を勝ち取るためには倒さなければいけない相手だった。だから強いモチベーションをもって自由市民は彼らに立ち向かっていった。そして彼らは立ち向かっていく手段として幼いときから狩りなどで使い方を習熟していたライフルを使用していた。

ライフルというのは銃身にらせん状の溝が刻まれ弾道が安定しているため滑空銃よりも射程距離が3倍も長く、「遮蔽物に身を隠しながら狙撃」することが可能であった。そのことによりアメリカの自由市民は殲滅戦を戦い抜き独立を勝ち得た。

だからこそアメリカ人にとって銃武装の権利はアイデンティティー的にも重要であり、武装権の擁護を主張している団体のNRA(全米ライフル協会)もその団体名に「銃」ではなく「ライフル」が入っているという。

この話だけでも面白いのだが、その他「絶対王政とアメリカ独立軍の戦争観」とか「独立戦争におけるマイノリティー」とか面白いテーマも論じられている。

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また表題の論文の他に「普遍という名のナショナリズム-アメリカ合衆国の文化多元主義と国家統合」という論文も掲載されている。こちらは20世紀初頭にアメリカでおきたアメリカナイゼーション運動について論じたものだ。

アメリカにおける同化の思想をアングロサクソンの生活様式に合わせるべきだとする「アングロ・コンフォーミティ」と、多文化が混ざり合うことによって新しい文化の形が生まれるとする「メルティング・ポット」と、多文化が共存並立する「文化多元主義」にわけ論じ、黎明期のアメリカ指導者たちがどういう形でアメリカを理想の国家に作り上げようとしたかを論じている。

そういった議論が真剣になされているのを読むと、当時のアメリカ人がいかに強く建国の理想を掲げ実現しようとしていたのかが伺え、同時にそれから100年も経たぬうちに随分アメリカは理想から離れてしまったものだとも実感する。

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本書の2稿を読むとアメリカ史をもう一度学び直したくなってくる。そして本書を読んだ後に学ぶアメリカ史には確実に新しい発見があるだろう。


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