2011-01-19

【音楽評】アルバム「Earthrise 2064」(kyo ichinose)




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アルバム「Earthrise 2064」(kyo ichinose/ nature blissmu-nest
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少しでも彼の音楽に馴染みのあるものなら、本日リリースの一ノ瀬響のアルバム「Earthrise 2064」の出だしを聴いた瞬間に「おや」と思うだろう。

一曲目の「Catetude#1」は力強く上昇するような真っ直ぐさで始まる。リフレインされるコーラスは「ミ・ファ・ソ・ラ・シ」と繰り返す。何のてらいなく上昇していくメロディーに乗り繰り返される「ミ・ファ・ソ・ラ・シ」に新たな音階の始まり、つまり新世界を予感せずにはいられない。

自作の他、CMや他アーティストとのコラボレーションなどでも活躍する現代音楽家の一ノ瀬の楽曲は「音」にとてもコンシャスで構築的であるのが特徴的だ。彼の美意識に基づいて精巧に構築された音楽は気持ち好さを与えるのと同時に常に一定の緊張感を与えていた。

時に故意的にひっかかりのある音や不協和音を入れることによって孤高の壁を築き、その中に飛び込み身を委ねることのできる人以外には関心を示さないというようなエクスクルーシヴネスがあった。

しかし本アルバムでは「Catetude#1」のみならず、すべての曲が極めて真っ直ぐでオープンなのだ。それはあたかも酸いも甘いもすべて認めた上で人生を肯定して目覚めた朝かのように開けた世界である。

6曲目の「Beams of Love」ではエレキサウンドで真っ直ぐかつ静かに愛することの高揚感と希望感を感じさせ、5曲目の「Longings and Gravity」では悲しみをヴァイオリンの音色に乗せどこまでも深いところへ向け漕いでいく。

そうした真っ直ぐな人生賛歌は7曲目の「Si」に象徴される。「Si」はイタリア語で「Yes」、そうこれ以上ない世界に対する肯定だ。そして同時に「Si」は「シ」でもある。ドレミのドの前の音、「シ」。つまり新しい世界の誕生を予感させる音だ。静謐な美しいメロディーに乗せ、閉塞感に包まれる現在の社会をも肯定しつつ新たに誕生する美しい世界を確信しているのだ。

この世界をも肯定する強さを勝ち得たのは一ノ瀬が作家としてのみならず、人間として何か大きなものを乗り越えたのではないかということを想像させる。

そして音楽性が真っ直ぐでオープンなものになったにも関わらず、それは決して単調になったということではない。高品質のヘッドフォンで音の細部まで聴きたくなる彼の熟練した音の構築により紡がれる美しいメロディーは健在だ。

それらこのアルバムの特徴がすべて結集したのが表題作でもある9曲目の「Earthrise 2064」だ。

間違いなく彼の代表作のひとつとなるだろう本作は一ノ瀬的音の構築の楽しさで溢れているのと同時に夜明け感と希望に満ちている。そしてその希望はそのオープン性に強く依っている。おそらく以前の一ノ瀬ならこの曲にも少なからぬ引っ掛かりを散りばめただろう。しかし新生一ノ瀬にはその必要がないのか、真っ直ぐに希望を語ることから逃げていない。

後年に一ノ瀬響ディスコグラフィーを振り返ってみると本作は大きな転換点となった作品だという風に位置づけられるだろう。

そして私はその転換を好ましいものと歓迎する。
これからの一ノ瀬の活動が益々楽しみだ。


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