2010-12-06

なぜITトレンドについていかなければいけないのか、から転じてイジメ問題ふたたび。



今日は「なぜITトレンドについていかなければいけないのか」という話をビジネスの話を通じてしようと思っていました。

今から15年くらい前でしょうか、PCの普及期には「オレはコンピュータなんてできなくても仕事ができるからいい」と豪語したり「eメールなんてものは無味乾燥で人間的なコミュニケーションじゃない」なんていったりしてIT技術から逃避するおじさんたちが沢山いました。

彼らはそうは言っていたものの恐らくそのうち使わざるを得ない状況に追い込まれ、大変な努力をしてキャッチアップせざるをえなかっという事実や、現在マーケティングや宣伝の仕事をしたいのならSNSやTwitterなどの本質的性質がわからないと話にならないということを具体例を挙げて説明し、好もうが好むまいがこの移り変わりの早いITトレンドにキャッチアップし続けなければいけないというようなことをもう少しくどくどと書こうとしていました。

しかし今日の昼間友人のTweetを見てちょっと書く内容の方向転換をすることにしました。

そのTweetはNYタイムズのネット上でのいじめについて書かれた記事を悲嘆するものでした。

記事は実際にあったFacebookでのなりすましによるイジメの問題を取り上げ、それに対する親の対応、ネットいじめに対する対策、そして自分の子供がネットいじめの加害者だった場合のケーススタディーにも言及しているよく取材された6ページにもおよぶ包括的なものでした。

にべもなく総括すると「これって日本で起きているプロフのなりすましイジメとまったく一緒。世界中イジメはどこも変わらないんだなあ」ということと「サイバーいじめといっても結局は通常のイジメと本質は一緒だよなあ」という感想でした。

しかし一歩踏み込んで考えるともう少し厄介な問題があります。まず38歳の私がこの記事を読むと自然親の立場になって考えてしまうのですが、もし自分に年頃の子供がいてネットいじめの被害にあったと仮定します。このとき自分がとてもネットとかに疎く、ITリテラシーが低かったらどうでしょう。

子供がイジメにあっているというだけで親なら誰しも慌てふためくと思います。しかもそれが自分にとってまったく未知の理解不能のサイバーの世界で行われているとしたら。親の絶望と無力感は察してあまります。

このBlogを読んでいる方はその時点でITリテラシーがある程度以上あるわけですが、中には「パソコンは週に一回開くか開かないか程度。メールはすべてケイタイ」という人も少なくありません。そういう方は普段「うちの息子はケイタイでかちゃかちゃやっているけど何が楽しいのかしら。もう少し表で元気に遊んでくれた方がいいのに」程度にしか思っていないかも知れません。

そういう人にとってSNSとかプロフの世界を理解するのは容易ではありません。特に子育てに奔走され、ネットにアクセスをする機会があまりない方なら尚のことです。

でも実際に自分の子供がイジメにあった。そうするとまずは自責の念に駆られるでしょう。「私が放任せずにちゃんと管理していれば彼を守ってあげられたかも知れない」とか、「彼女のプロフをきちっと見ていればもう少し早くイジメのサインを汲み取ってあげられたかも知れない」とか。まあ実際は子供はそういうコミュニティーへの大人の関与を何よりも嫌うのでリテラシーが高くてもどうかなったとは限りませんが。

しかしいずれにせよそうなると過剰対応してしまうことになりかねません。NYタイムズの記事では警察のサイバー犯罪のスペシャリストのところに駆け込みます。その判断が良かったのか拙かったのかの結論は記事では書かれていません。しかし一つの解決をみたと同時にそれなりの遺恨を残したということも書かれていました。

ここで今一度私の最初の感想に戻りたいのですが、ネットいじめも普通のイジメも本質は一緒です。イジメはときに警察権力を介入させてでも阻止しなければいけないこともありますが、下手にそういうものに頼ると子供がより孤立してしまうこともあります。その匙加減は実際とても難しいと思います。

でもITリテラシーが低いと、その匙加減を間違えやすくなってしまうのではないかと危惧してしまうのです。

そもそもネットいじめはイジメの中でも証拠があがりやすいものだとされています。少なくとも現在は小学生、中学生がネット上でのなりすましをするためにルクセンブルクやスウェーデンのサーバを経由させるようなコはほとんどいないでしょうからIPアドレスをたどれば日常的ないじめなら犯人はかなりの確率で特定できます。

つまりイジメられっこも学校に対してカードを持っているわけです。「本気になって捜査してIPアドレスをたどれば確実にあなたの学校の中から加害者がでますよね」というカードを。このカードを持っているか、いないかの差は大きいのです。実際にこのカードを切ることがなくてもきちんと持っていることを自覚できていれば交渉は有利になります。

たとえばNYタイムズの記事によるとFacebookなりすましイジメの被害にあった親御さんが学校に掛け合っても「それ(Facebook)は課外での活動ですから学校側といたしましては責任を負いかねます」的な対応をされたということでした。

そういう風に言われたときに泣きに入りするか警察にすがるかしかない状況と、もう一声「それでは出るところにでてIPアドレスを割り出してもらいます。警察に依頼すると起訴せざるをえなくなるかも知れませんがよござんすか」といえるカードがあるかないかで学校との交渉は全然変わってきます。IPアドレスから犯人が特定できれば学校は「調査の結果、イジメはありませんでした」などととぼけることはできないわけですから。(NYTの記事ではいじめられた子供の親は起訴の覚悟があるかと実際警察に問われていました)

私自身はまだ親という立場を経験したことはありませんが、もし自分が親であるのなら子供のことを全力で守りたいのではないかと思います。しかしその時、自分に交渉の武器がなかったがために子供に辛い思いをさせてしまったと後になって気づいたとしたらその後悔の程は計り知れません。

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繰り返しになりますが、ネットいじめの本質はイジメの本質そのものです。そこでイジメが発生しているからといってネットを糾弾するのは明らかに間違いです。それはたとえばコピー機を使って誹謗中傷のビラを作ってイジメをする人がいるからコピー機はけしからぬものだ、というのと同じです。

ネットというのはもはや社会のインフラとなっています。所与のものと考えた方がいいでしょう。経済活動もそれを抜きにはもはや機能しないというのは冒頭で述べたとおりです。

そういう状況でイジメに対応するには有効なアーキテクチャを構築するしかありません。そして有効なアーキテクチャを構築したり活用したりするにはそれなりのシステムに対する理解が必要です。

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今回はたまたまイジメの問題から考えましたが、ネットが便利で社会に入り込めば入り込むほどあらたな問題はどんどん発生してくるでしょう。イジメよりもさらに進んだネット犯罪もあるでしょうし、ウィキリークス的な問題もそこに含まれるかも知れません。

しかしこれからどのような問題が生じようとネット社会は所与と考えざるをえないでしょう。しかも技術的にもプロトコル的にもどんどん進化して形を変えていきます。

もしあなたが自分の家族を守りたいのなら、ビジネス上いくらネットリテラシーが要求されなくてもやはりITトレンドにはキャッチアップし続けなければいけないのかも知れません。


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