2010-12-15

エロマンガと報道の自由。



今日東京都議会で「青少年健全育成条例改正案」が成立しました。ちょっと前に「非実在青少年」ということで話題になっていたあれの続きです。

一部ネット上では相当話題になっているトピックですが、東京ローカルの条例ですし日本全体でどこまでも話題になっているのか温度がわからないので簡単におさらい。

ことの発端は今年の2月に東京都が議会に「東京都青少年の健全な育成に関する条例」の改正をだしたことです。その中で「非実在青少年」という概念が謳われ「リアルな未成年者じゃなくても、漫画の中でも18歳以下はセックスとかしちゃダメ」ということを法律で規制しようとしたのです。(当時の報道はこちらから

漫画家や出版社などを始め各方面から「表現の自由」の観点からものすごい反発がおきたのですが、結局は一端継続審議となった後に6月の第二回定例都議会で否決されました。

この「否決」された、という事実とりあえず大事です。否決の理由は「表現があいまいで拡大解釈の恐れがある」などでした。

ところが11月30日さらに別の改正案第156号議案「東京都青少年の健全な育成に関する条例の一部を改正する条例」が提出され、これが今日議会を通ってしまったわけです。

改正案のポイントは「非実在青少年」というタームを外し、「漫画、アニメーションその他の画像(実写を除く。)で、刑罰法規に触れる性交若しくは性交類似行為又は婚姻を禁止されている近親者間における性交若しくは性交類似行為を、不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現すること」という表現が入っていることが特徴です。

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このことについて細かい議論をしようと思うときりがなくなってしまうので、今日はとても素朴な観点から。

まず私はこの条例の改正案を聞いたとき瞬時に「こりゃありえねえな」と思いました。でも次の瞬間になんで「ありえねえ」と思ったんだろと思ったわけです。

もし私に子供がいたとしたら行き過ぎた性、暴力描写をあえて見せたいとは思わないでしょう。私の非実在子供達が極端な表現や描写に接しないことを望むかも知れません。しかしだからといって都がそこに介入してくることに直感的な気持ち悪さを感じてしまったのです。

その気持ち悪さはビデオニュース.ドットコムの保坂展人氏の解説を聞いていたら腹落ちしました。

これはかなり複雑な問題でもあるのですが、簡単にいうと「治安維持という名の権力の暴走」に対する危惧です。

「子供たちにどぎつい性描写を見せてもいいと思っていますか?」と聞かれたら誰でも「嫌です」というでしょうけれども、すでに「有害図書」という名ですでにゾーニングされている中、どうして6月に否決されたものをどうして11月に早再提出したのでしょうか。

簡単にいうと以下の3つのタームに集約されます。「出世」「メンツ」「権力」です。

詳しいことは本編を観て欲しいのですが、要は鹿児島の志布志事件で大失点を犯した警察官僚が「出世」のため失地回復を狙おうと国会で廃案になった「児童ポルノ法改正案」のリベンジとして東京都で「非実在青少年」とかを持ち出したにも関わらず否決されてしまった。当局からでた法案が「継続審議」どころか「否決」されるのは極めて異例であり「メンツ」が潰されたので何としてでも年内に法案を可決させたい、というのが一つのベースです。

つまり警察官僚の出世とかメンツの問題でこの法案を通したいわけです。でもこの問題はすでに「有害図書」という形で規制されていますし、実情としては出版社がそれなりに自主規制をしています。そうした中、特に問題とされるようなマンガなどと色々な犯罪の因果関係もないままに規制しようとしているのは警察が権力を拡大させようとしているとしか思えません。

そもそも青少年保護育成行政といのは2004年までは「生活文化局」の管轄にあったのが2005年に「青少年治安対策本部」ができて警察官僚が関与するようになってきたといいます。つまり役所内の権力闘争です。

これが単に権力闘争で終わっているうちはいいのですが、一端法律や条令という形でアーキテクチャができてしまうとその後法律の立案者の意図とは関係なく暴走する可能性があるのが問題なんです。

つまり件の本部長は「これを通せばまた出世街道に乗れるかも!」程度にしか思っていなくとも、将来それが戦前の治安維持法的言論統制の根拠になりかねない危険性をはらんでいるということです。

これが私が直感的に「ありえねえだろ」と思ったひとつの理由です。

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「ひとつの理由」と書いたからにはもうひとつ別の理由があるわけで、むしろそちらが主眼なのに前置きが長くなりすぎてしまったのですが、それでもここでしつこく「権力」の恐ろしさについてもうひとつだけ書かせてください。

これは先述したとおり、東京都議会での話です。

ご存知の通り、東京都知事は石原慎太郎氏、副知事には猪瀬直樹氏がいます。若い方でご存知ない方もいるかも知れませんが、彼らはいずれも素晴らしい作家でした。

石原慎太郎氏の「太陽の季節」は聞いたところですと若者のバイブル的だった時代もあったといいますし、今でも芥川賞の選考委員を務めています(もっとも彼の選考評は最早老人の昔日賛歌以外には聞こえないのですが)。猪瀬直樹氏の「ミカドの肖像」もノンフィクションとして一世を風靡しました。

そういう名も実力もあるふたりの作家で、ともに権力の過度の介入には突っ張っていたような人が権力の頂点に立った瞬間このような法案をみすみす通してしまったことは正直かなり残念です。

石原慎太郎氏に関してはとてもエネルギッシュな人であることは認めながらも、すでに時代に乗ることさえ諦めわがままだけを肥大させたような方なので諦めるとしても、猪瀬直樹氏の発言をTwitterをまとめたサイトで読んだときは驚きました。

筋が全然通っていなく苦しいの一言に尽きます。このことは裏を返せが猪瀬氏にまだ作家としての良心があり、様々ないえないような事情を抱えながら苦しんでいるというように解釈してあげることも不可能ではありませんが、少なくともノンフィクション作家としての猪瀬直樹は終わったと言わざるをえないでしょう。

権力とはげに恐ろしやです。

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さてここからがむしろ本題。

石原都知事は世界の先進国の中でここまで変態性欲のエロが野放図になっているのは日本だけで恥ずべきだ、というようなことを言っていました。

また条例自体が「青少年に対し、性的感情を刺激し、残虐性を助長し、又は自殺若しくは犯罪を誘発し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの」としています。

だからこの条例を出すというロジックがそもそもおかしくないですか。

18歳以下の青少年といったら高校生もいれば小学生もいるので一概には語れませんが、男の子だったら中学、高校くらいになったら性欲は芽生えてきますよね。しかも強烈な形で。

その性欲と愛情をうまく結びつけるようになるまではいささかの期間が必要かも知れませんが、それでもたとえば16,7歳の男の子にとって大人が「妙齢」と考えるような24,5歳の女性は「オバサン」なわけで、むしろできることなら同世代の好きなコとそういう関係になりたい。

もちろん高校生同士がセックスするのがいいとは軽率には言えませんが、少なくとも元男子高校生の立場からするとそれはとても自然な感情だと思います。少なくとも変態性欲では絶対ありません。

女子高生の感情まではわかりませんが、もし女の子も心底純粋な気持ちでそう思うことがあるとしましょう。

そうはいっても中々高校生同士でそういう関係にまでは至らないかも知れません(至るかも知れませんが。。)。ならばそのファンタジーの一つの結実としてのマンガ表現をどうして「変態性欲」ということがいえるでしょうか。これが「健全な成長を阻害」しますかねえ。

まったくしないと個人的には思います。ではなぜ中学生、高校生を性の対象にすることに嫌悪感を覚えるのでしょうか。
それはいい歳した大人で小中学生や高校生にしか性的興味を持てない人がいるからだと個人的には思うのです。

つまり未成年者を性の対象にした作品が問題になるとすれば、それはその対象と同世代の異性ではなくそれに欲情する大人が少なからずいることが問題だと思うわけです。

そもそもエロマンガがビジネスとして成り立つのはそれを好んで読む大人がたくさんいるからであり、中高生がそのビジネスを支えているとは思えません。

私は心理学者でもありませんしエロマンガ読者について詳しいわけではありませんが、欧米に比べてロリコンとまではいかなくとも未成熟な女性を好む大人が多いのはひとつの病理だと個人的には感じます。

ステレオタイプの分析といわれる知れませんが、自分に対して自信が持てないため対等な立場の女性とはコミュニケーションが取れず、辛うじて優位を保てるかも知れない弱者にしか性愛さえ抱けない大人がたくさんいる社会の方こそ問題にすべきだと思うのです。

その原因は家庭にあるのか、コミュニティーにあるのか、教育にあるのか、経済環境にあるのかはわかりませんが、エロマンガを取り締まる時間とカネと労力があるのなら、自立しきれない大人をたくさん排出する社会をどうにかすべきだと思うのです。

今回の法律は近親相姦も俎上に上げています。私自身にも姉がいますが、高校時代「妹がいたらいいなあ」というのは大抵女兄妹のいない奴らのファンタジーで、女兄妹のいる奴はそろって「女兄妹にはなんの性的ものは感じない」といっていました。つまりリアルの高校生にとってマンガの兄妹間の近親相姦描写は何も誘発しません。ましてや母親との近親相姦なぞといったらほとんどすべての男子高校生が「お袋と?うぇ、キモいこと想像させんなよ」という感じでしょう。

やはりもしそういうことが性的に何かを刺激するとしたら、それは自立しきれない大人が「兄」という絶対的に揺らぎようのない優位に憧れるヘタレか無報酬の愛で自分を包んでくれる母性を求めるマザコンのどちらかでしょう。

私の断定がいささかマッチョに過ぎるかも知れないという自覚はあります。でもそれを差し引いてもそういうマンガが中高生を近親相姦に走らせたり、幼女犯罪に走らせたりするとは思いにくいのです。

むしろ幼女犯罪は宮崎勤を挙げるまでもなく、病理を抱えたまま大人になった人がそういったマンガを読んだ場合に引き起こされる可能性が高いのではないかとさえ思えるのです。

つまり極論すると極端な表現のマンガの読者として規制すべきは青少年よりもむしろ病理を抱えた大人ではないかと思うのです。そして実際は規制することよりも病理を抱えた大人を作りださない社会作りが大切だと思うと私が思っているというのは先に述べた通りですがいかがでしょうか。

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さて今回のこの条例の通過について読売の社説と日経の春秋でまったく逆のことを書かれています。「新聞ってどこも大して書いてあること変わらないでしょ」と思っている人は読み比べると面白いかも知れません。

読売新聞
日経新聞





what's "my wife's camera"?

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