2010-12-11

愛機。



また例によってラジオ番組のPodcastを聴いていました。するとあるエレクトロニクスメーカーのCD(クリエイティブディレクター)が携帯電話のデザインなどについて語っていました。

いわく「昔はクルマやオーディオなど『愛機』と呼ばれるものが多くあったが、最近はそういうものが減ってきた。代わりに携帯電話が『愛機』のポジションを占めてきているから・・・」そういって広告代理店の人が並べそうなもっともらしいキーワードをいくつか挙げ携帯電話のデザインについて語り始めたのです。

このPodcastを聴いたときは何かをしながらぼんやり聴いていたので発言者のプロファイルはわからなかったのですが、瞬時に「それ、全然違うんじゃないの」と思ってしまいました。

クルマやオーディオを「愛機」と呼ぶのは一種のフェティシズムでハードに対する執着です。たとえばRX-7というクルマに乗っていて愛着を持っていても、RX-7ならなんでもいいというわけではありません。自分が乗っているRX-7がいいのです。つまり個体に対する執着です。

もちろん携帯電話にもそういうところがなくもありません。ケイタイをデコるのは要するにそういうことでしょう。でもそれは変質しつつある携帯電話の本質から見ると間違いなく亜流の議論です。

2010年を「スマートフォン元年」と呼ぶ人もいるようですが、携帯電話がスマートフォン化するということはよりプラットフォームとしての色彩を強めていくということです。つまり端末自体にはデザインとか操作性しか求められない。より大事になってくるのはそのプラットフォームに何を乗せられるかということです。

言葉を換えれば現在の携帯電話にとって大切なのは「デザイン」と「操作性」と「何ができるか」です。そしてスマートフォン化によりどんどん「何ができるか」の部分の比重が大きくなってきています。

私はiPhoneを使っていますが最早端末自体にはあまり執着がありません。今は3Gですが、誰かが「iPhone4があるからあげるよ」といったら喜んでそちらを使います。つまり端末自体は「携帯電話」の本質ではなくなってきており「ガワ(=外箱)」に過ぎなくなってしまったということです。利用者にとってより大切なのはどういうアプリで構成され、どういうデータが入っているかということになってきています。そしてそのコンポーネントやデータは「ガワ」が変わっても簡単に移植させることができます。

スマートフォンを使ったことのない方にわかりやすく説明すると、携帯電話をロボットだとすると端末はロボットの「本体」であり、コンポーネントやデータは「魂」だということです。そして現状では私たちの生活をより快適にしてくれるのに「本体」そのものよりも「魂」の占める比重が大きいのです。

つまり消費者はいざとなったら簡単に「本体=(端末)」は捨てる。でも「魂(コンポーネント、データ)」は死守したい。そういう状況になってきているわけです。それは端末メーカーにとってはしんどいことかも知れませんが、それが現実でありそしてそれを誰よりも理解しているのがメーカー自身であるはずです。

にも関わらず「愛」だとか「不安」だとか「愛機」だとかいかにも広告代理店からプレを受けたような言葉を日本のトップレベルのメーカーのCDがならべてお茶を濁そうとしている現実に危機感を覚えるのです。

私はiPhoneユーザーですが、そのことはAndroidを否定するということではありません。私がiPhoneを支持している理由は三つです。一つ目は現時点で最高の端末だと思うから。二つ目が個人的にSteve Jobsが好きで彼の考え方に賛同するから。そして三つ目が「何ができるか」というアプリケーション面での優位性をできるだけ長く保ってもらいたいからなのです。

三つ目のことを言い換えると「今Appleが圧倒的に多くの素晴らしいアプリケーションを提供しているから、自然素晴らしい新規参入者も集まってくるけれども、もしAndroidが力をつけたらAppleよりもAndroidによりいい開発者が流れていっちゃうかも。そうしたらAppleユーザとしては不便だなあ。ならばAppleにしばらく覇権を握り続けてもらいたいや」ということです。

しかし同時に一日本人として日本のメーカーにも頑張ってもらいたいとは思っています。ガラケーの束縛から解けスマートフォン市場についに参入してきたのは素晴らしいことだと思いますし、世界中が羨望する端末を開発してくれたら面白いなと思っています。

ただそれはメーカーが単独で頑張ってもできる時代ではなくなってきています。デベロッパーやアプリ開発者などを巻き込んだエコシステム(=生態系)で戦わなければいけません。そして正面からそのことに取り組まず言葉遊びに終始して消費者を煙に巻こうという態度では間違いなくAppleと互角に戦うことはできません。

日本のメーカーが画期的なAndroid端末を開発し、Appleが慌てふためき世界中のガジェットギークが競って持ちたがる日が来て、日本全体が活気づいたらいいなと夢想します。それはソニーであっても、シャープであっても、パナソニックであってもかまいません。とにかく逃げずに正面からこのAppleの独壇場に切り込み、日本企業の技術と秩序とジャパンクールのアイディアのすべてを導入し真剣に戦って欲しいのです。そうすれば必ずやいつかまた先頭を走る日本企業もでてくるはずだと信じています。だからレトリックに逃げないで欲しいのです。切に願いますよ、NECさん。


what's "my wife's camera"?

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