2010-12-07

バブル期のクリスマス。



私にはオタクの資質があります。一見するといわゆる"オタク"には見えないかも知れませんが多くのオタクに囲まれて育ってきただけに自分の資質はわかるのです。

その私のオタク心を刺激するのがTBSラジオの「文化系トークラジオLife」。月一回の放送で前回11月28日放送分のテーマが「クリスマス資本論」。

マルクスを引っ張ってきて大げさなタイトルをつけていますが、本編のほとんどは「バブルの頃のクリスマスの消費ってすごかったよね、なんだったんだろう一体」というもの。

色々とバブルに踊らされたクリスマス話がでてきたのですが、それらの話を聴き出演者でもっとも若い25歳の社会学者、古市憲寿氏が

「なんでみんなバブルの頃の話をするときに嬉しそうに話すんだろう」ということと
「一体どこからそんなカネが出てきたんだ」という質問をしていました。

それに対する回答がラジオの中であやふやになっていたので、大きなお世話ですが私が勝手に回答を考えてみました。

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このことを考えるのにあたり、まずバブル期のクリスマスの消費の中心に誰がいたかということから考えたいと思います。
当時のクリスマスは今以上に「恋人たちの祭典」というコンテクストで喧伝されていました。

そういうわけで当然ながらクリスマス消費の中心にいたのは独身男女となります。もう具体的にいうと「会社の経費を使える独身社会人男性」と「20代前半の女性」でした。

ここでバブルを知らない世代にイメージをつかんで頂くために二つのタームを挙げたいと思います。

ひとつめが「金あまりニッポン」です。
信じられないかも知れませんが、当時はこの言葉がしょっちゅう色々なところで使われていました。

今にして思えば過剰流動性以外の何ものでもないのですが、当時景気のよかった会社には「税金で持っていかれるくらいならバンバン経費を使え」というスタンスのところも少なくなく、独身男性ならばうまくすれば日常の生活ではほとんど自腹を切らずに済ませ、かなりのものを経費に回していた人もいました。

しかもボーナスも今からは考えられないくらいよかったので、クリスマスという勝負の時にはかなり派手に散財することができました。

これが古市さんの第二の質問に対する答えです。

普段会社の経費をかなり使える人が多く、景気がよかったこともありクリスマスという消費時期に人々は今とは比べ物にならないほど金銭的に余裕があった、ということです。

さてここで気になるのはクリスマスがなぜ「恋人たちの祭典」としてそこまで盛り上がったかということです。ここで二つ目のターム「クリスマスケーキ」がでてきます。

当時は「独身女性とかけて『クリスマスケーキ』ととく」というようなことが言われていました。その心は?「25を過ぎて売れ残ったら、価値が大暴落する」。

現代の感覚からは考えられませんが、当時は女性は若ければ若いほどいいというような考えがあり、独身女性の結婚マーケットでは20代も後半に入ったら「年増」だと考えられていました。

短大がある程度人気があったのは、より若いうちに就職し会社で結婚相手を早くみつけるため、というような考えもあったからです。だから25歳をすぎた女性は結婚をあせり、あたかも12月25日にクリスマスケーキが半額セールされているような投げ売り状態になるという風に言われていたのです。ひどい話ですが本当です。

男女雇用機会均等法が施行されたのが1986年バブル前夜でしたから、80年代の後半ではまだ女性の社会進出は進んでおらず女性の仕事といえば「一般職」と呼ばれる「お茶くみ」的なものがメインでした。バリキャリ希望などというのは一部の優秀だけどガンバりすぎの変わり者くらいにしか思われていませんでした。

だから現在のように「30過ぎまでは仕事に打ち込んで、結婚はそれからかな」なんて価値観はありえません。

そうなると結婚をしたい女性の勝負は俄然20代前半です。彼女たちはまだ若くて世間知らずの部分があるので自然結婚観も夢見がちのものになります。白馬の王子を待つというか。

その女性たちの願望と、彼女たちにアピールしたい小金を自由に使える独身男性の欲望がぶつかり、そこに消費を喚起したいメディアが油を注ぎスパークしたのがバブル期のクリスマスでした。

ではなぜ人々はその時代を嬉しそうに語るのでしょうか。

当時はもちろん全体的に景気はよかったのですが、実際にバブルをバブル的に享受していたのはごくごく一部の人です。でもメディアが煽った結果、お金がなくても皆それに乗っかりたいわけです。

だから六畳一間で暮らしているお金のない学生も一生懸命バイトをしてクリスマスだけはきらびやかな時を過ごしたいと思うのです。

つまりクリスマスは地味なケの日常に対するハレの舞台なわけです。

祝祭を振り返って人々が楽しそうに語るのはむしろ当たり前なわけでそれは今でも人々が大阪万博のことを語ったり、「97年のフジロックはすごかったよねえ」と参加者がついつい言いたくなってしまうのとなんら変わりがないわけです。

だから人々はバブルを嬉々として語ってしまうのです。

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いささか話はそれますが、番組中誰か(日経BPの柳瀬氏だったか)が言っていました。
「バブルを語るバブル世代は安保を語る全共闘世代に似ている」と。

なるほど。なかなかうまい。


what's "my wife's camera"?

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