2010-11-25

落語のはなし。



先日聴いたPodacastで落語家の春風亭昇太師匠が「トリ」について面白いことを言っていました。

「トリ」というのは紅白の「大トリ」とかのあの「トリ」です。最後の演者のことですね。
落語の寄席でも最後に出てくる人を「トリ」というわけですが、なぜ一番すごい人が「トリ」を飾るのか、という話。

さてここで落語に不案内な方のために少し補足説明をしますと、落語を見に行くとき噺家の名前はチラシに載っているのですが演目は書いてないんですね。それもそのはず、なぜなら演目は噺家が当日のお客さんの反応をみて決めるからなんです。

この辺りのことについても昇太師匠は話をしているのですが、まず噺家はから入る。多くの場合、噺家は二つか三つくらいの演目をカードとして持って高座にあがり、枕を放しながら客層や反応を見てその日の演目を決めるものなのです。

しかも寄席の場合、「トリ」が出る前にすでに何人かの噺家が高座を済ませている。当然被ってはいけないし、人情噺ばかりが多くなってもいけない。「トリ」を務める噺家さんは入りの時間も皆よりも遅いから後から来てその日に話された演目を寄席の「ネタ帳」を見る。そしてその日一日の流れと客層を読んでネタを決める寸法というわけなのです。

となれば、当然後に出てくれば出てくるほど多くのカードを持っていなければいけないわけで、技量も要求されてくる。だからこそ「トリ」を務めるのは大変なわけで、「トリ」を飾るのは必然大物でなければならないということのようです。

なるほど。もちろん興行的な面で人気の噺家さんの登場を引っ張るということもあるのでしょうが、同時にいわれてみれば力量も大切に思えてきました。

となると気になるのは立川流の一門会。彼らは事前にネタ合わせをしているのでしょうかね。一門会で談志以外の人がいきなり芝浜をぶつけてくるなんてことがあれば面白いんですけどね。


what's "my wife's camera"?

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