2010-10-06

社会学者。



what's "my wife's camera"?

時々社会学者が「宇宙戦艦ヤマト」だとか「ドラえもん」だとか「仮面ライダー」だとか「うる星やつら」などについて時代背景を引き合いに出しながらとくとくと解説したりするんですけど、そういう話ってなるほどっていう面白さがあって「社会学者ってスゲぇなあ」などと心から思ったりします

でも同時に「社会学者ってなんてわかってないんだ」と思ってしまうこともあるんです。それは彼らが経済問題を語るときです。ひょっとしたら社会学者のなかには「弱者の味方をするのがインテリとしての正しいアティチュードでしょう」というような不文律があるのかも知れませんが、それが却ってとんでもない歪なことを彼らに言わせたりすることがあるように感じられるんです。まあ、私が大っ嫌いなベーシックインカムとか。

基本的には社会的弱者を救済するのはもちろん必要だとは思います。でも勢い余って弱者をまったく出さない「結果の平等」を訴える人があまりにも多くてびっくりしてしまいます。

彼らの中にはいまだにインテリはマルクスという亡霊が巣食っているのでしょうか、経営者は従業員を搾取するとでも思っているように思えるときがあるんですよね。でもその経営者像というのはどうかと思います。

世の中のどれだけの経営者が社会のことを考えてがんばったり、従業員のために死ぬ気で努力しているかということを一度真剣に考えて欲しいです。

確かに世の中にはブラック企業もあるでしょう。でもほとんどの経営者は真面目です。そしてこの厳しい不況の中でなんとか生き抜こうと必死でがんばっています。生き残らないと従業員が路頭に迷うし、関係各会社にも大きな迷惑をかけてしまいます。そうならないように従業員や取引先に少しずつ負担を掛けてしまうこともあるかも知れません。

もちろんどんなに大変なときでも法律に抵触することはしちゃいけないです。でも法律に抵触していなくとも「同義的理由」とか「社会的責任」とかいう言葉をむやみに振りかざすのは本当にやめて欲しいんですよね。

なぜ彼らはそういう風な主張をしがちなんでしょうかね。実はこれは考えるまでもないことだと思うんですが、それは彼らが多くのことを机上の論理で考えてしまうからでしょう。もちろんまじめな社会学者が膨大なフィールドワークをしていることは知っています。でもその結果、労働者の窮状は目に付いても経営の厳しさはなかなか理解しきれないのではないでしょうか。

そこで考えました。社会学者インターン制度を。社会学者は教授になる前、准教授時代でしょうか、最低2年間の民間企業でのインターンを義務付けると。

インターンといっても先輩社員にちょこちょこ付いていくのではなく、いきなり営業課長くらいのポストに就かされるんです。上司の部長日々は「お前の課の営業成績はどうなってるんだ」と詰めるタイプがいいですね。そして部下にはまったくやる気のない給料泥棒みたいな奴がいるのが理想的です。まあ、つまりよくありふれた普通の会社です。

または起業させるというのもいいかも知れません。ただしこの場合は2年という定期じゃなくて「従業員を3人以上雇うまで」という条件がいいですね。もっともこっち制度を採ると社会学者が日本からいなくなってしまう可能性もありますが。なかなか三人以上雇えなくていつまで経っても教授になれないでいるか、どんどん従業員が増えてビジネスが面白くなって転向してしまうかどちらかでしょうから。

いずれにせよ、日本人の就労人口の多くは民間企業で働いているわけですから、本当に「社会」のことを知りたかったら会社勤めをするのが一番手っ取り早いと思うんだけどなあ。

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