2010-09-21

政治ってむずかしい。



なんだか硬い話題が続いてしまう。
でも結局はこういう話題が好きってことなんだろうなあ。
さてまたまたTBSラジオの"Dig"から。今回は「少子高齢化」の話。

少子高齢化に伴う社会保障制度の疲弊の話をしていた。まあ、よく聞く現役世代の負担増の話。子供が減って、老人が増えたら現役世代(働いている人たち)が面倒を見なきゃいけない負担が増えるという奴。三人の現役世代で一人の老人の面倒を見なきゃいけないとか。

こういう事実に対して、「問題とすべきは生産年齢人口であり、働ける人は働かせればいい。今の年寄りは元気なんだから定年なんて撤廃させればいい」という意見があった。

たしかに今の高齢者の中には元気でまだまだ働けそうな人も多い。にも関わらずそういう人たちも定年を迎えると引退させられる。
「そうだよね、そんなのもったいないよね。だったら彼らがリタイアしたいと思うまで働いてもらったらいいじゃない」という風に思うのは当然のようにも思える。「そうだ、そうだ、定年なんて制度やめてしまえばいいんだ」と。

でも問題はもう少し複雑だ。
たとえば定年がなくなったとしよう。皆働きたい限り働ける。ここで問題がでてくる。日本の労働基準法では解雇のハードルはかなり高い。簡単にはクビは切れない。

もし少しボケはじめて、体力も衰えた人が居座り続けても会社側としてはなかなかリタイアしてもらえない。「功労者なんだからそれくらい年長者を大切にしろ!」とおっしゃる方もいるかも知れない。

となるとまた問題がでてくる。若年層の失業問題だ。終身雇用が機能していた日本の会社では、新卒と定年者の給与格差は3倍近くに上るだろう。つまり、生産性の極めて低い高齢者を雇い続けたらこれからの日本を背負っていく若者を雇い、鍛えることができないということだ。

ならば年功序列の給与体系をやめればいいのではないか、という人がいるかも知れない。それは確かに一つの合理である。でもそこにはいくつかの問題がある。非年功序列というのはすなわち成果主義ということ。成果主義の年俸制の場合、給料を上げていく一つのメジャーな手段は転職だ。しかし、終身雇用制を前提に数十年間制度を培っていた日本には転職前提の制度は少ない。年金一つとってもサラリーマンなら企業の厚生年金が中心となっており、401K的なものはまだまだ整備されていない。

それなら何はともあれ景気がよくなって全体の雇用が増えればいいんだから、景気対策が大切だというかも知れない。
となると望もうが望むまいが国際競争に勝たなければいけない。そのためには教育が大切だ。ゆとり教育からもっと競争力のある厳しい教育に変えなければいけない。ひょっとしたら少子高齢化の中人材を国内にだけ求めるのでは限界があるから海外からも人材を受け入れなければいけないかも知れない。そのためには事業会社も英語公用語にせざるを得ないから英語教育も徹底しなければいけない。いや、そんな生ぬるい政策じゃ今の日本の人材不足は解消できないので移民も受け入れなければいけない。

移民などを受け入れたら彼らの法的処遇も考えなければいけない。外国人参政権問題はどうするのだ。国民保険の適用はどうするのだ。将来は年金の受給対象にするののか。

いやいや移民を受け入れる前に、まずは女性の力を活かすべきだ。ならば保育園の問題はどうする。フランスなどのように企業の負担を増やして、育児をしながらでも働きやすい環境を整えるべきだ。いや、企業の負担を増やしたらそもそもの国際競争力が減ってしまう。何いってるの、子育てがしやすかったら子供が増えて長期でみれば結果的に競争力は増すはずよ--

・・・・・などなど、ひとつの問題をとりあげただけでその周囲には政治的争点が山のようにでてくる、そしてそれぞれの問題も様々な論点のある難しい問題だ。

どうすればいいんだろう。
残念ながら解はないんだよなあ。

でもそれが政治だったりする。こういうことを真面目に考えたら、たかだか政治家ごときにすべてを任せることはできないと思うのではないだろうか。もちろん政治家にイニシアティブをとってもらって様々な専門家の意見を集約させベストの解決方法を模索して欲しい。でもこれだけ入り組んでいたら絶対に100点満点の回答なんてあるわけはない。ならばひとつにはみんなで解決方法を出し合っていかなければいけない。政治家とか他人任せじゃなくて。

それでも100%には辿り着けない。全員が100%満足する回答がないんだったら、利害を調整して落としどころを探っていくしかない。
おい!政治は利害関係の調整じゃないだろ!理想に向かって邁進していかなくちゃいけないだろ!
じゃあ、万人が納得する理想なんてあるのかよ!

・・というような話になっていく。

いやあ、政治って難しいね。
でも、ひとつだけ思うのはそれでも私たちはあきらめてはいけないということ。
あきらめたらすべてが終わってしまうということ。

少なくとも私はあきらめない。

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