2010-09-20

日本株式会社。



videonews.comで鳩山元首相が記者会見開放問題について語っていた。いわく彼は首相就任直後から記者会見の開放を主張していたが、さまざまな強烈な抵抗にあいなかなか叶わなかった。記者クラブなどの既得権益者も強烈に抵抗したし、側近の官僚からも「開放したら記者クラブを全面的に敵にまわすことになり、集中砲火を受けるので政権が危険なことになる」といわれ。

記者会見の開放に対する記者クラブの強烈の抵抗に関しては神保哲生や上杉隆の話をずっと聞いていたので知ってはいたが、あらためて元首相から聞くとやはりインパクトは大きい。

そのことを妻に話すと彼女はいった。
「それって普通の会社でいうと、社長が何かを決定しようとしても色々なレイヤーでそれを拒否したり、やめさせようと説得させようってことでしょ?もしそんな会社があったら『腐ってる』って思うわよね。そんなに日本の政府は腐っているわけ?」

なるほど。確かにそのとおりだ。
日本の内閣総理大臣といえばもちろん行政府のトップ。それに加えほとんどの場合立法府である国会の第一党の党首である。つまり制度的には司法と立法を握る強大な権力の持ち主だ。少なくとも鳩山元首相はそうだった。

その首相が記者会見の開放ひとつできない。これは問題だ。
マスコミはよく首相のビジョンの欠落、首相のリーダーシップの欠如を非難する。

しかし何かをしようと思って首相が指示しても通らない。覆される。鳩山元首相はいち早く沖縄入りをしたいといったという。それも「危ない」などの理由をつけて通してもらえなかった。

問題は制度的には何の問題もないことだ。総理の法的権力の大きさの根拠は明確だ。組織のかかえる一番大きな問題のひとつは責任の所在が明確でないこと。しかし日本は組織図的には責任の所在は極めて明確であるにも関わらず、実際にはそれが機能していない。

顕在化していない問題の解決は難しい。首相は身動きがとれないままもがくしかない。となれば他国の元首たちは誰に話をつければいいのだろうか。投資家は誰の発信する何を頼りに投資の判断を下せばいいのだろうか。

私が投資家だったら日本を買うだろうか。外国の元首だったら日本をパートナーに選ぶだろうか。
答えは残念な意味で明白だ。ストロングセル。

制度を越えたところで首相を束縛するものを打ち破るのは小泉元首相のような破壊力かも知れない。しかし劇薬に頼るのはやはり対処療法で本質的には何も解決してくれない。

幸い今の私たちにはネットを始め、オルターネティブの報道メディアがある。リテラシーさえあれば上杉隆のいうところの官報複合体に飲み込まれなくてもすむ。

破壊力抜群といわれた小沢一郎が敗れた。

そろそろ私たちは身を委ねられるひとりのリーダーの出現を待つのをやめ、大手メディアンに権力を監視するのを任せるのをやめ、自分自身で権力を監視し自分自身で社会を変える努力をしなければいけないのではないだろうか。

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