2010-09-12

大人の男性。



若い男は大人のオトコに憧れるのではないだろうか。
今の若者は知らないが少なくとも私はそうだった。恥ずかしながら告白すると、いきつけのバーに行き「いつもの」というとベリードライのTanquerayマティーニが出てくるような男になれることを二十歳の頃の私は目標としていた。

具体的な憧れの大人というのがいたかどうかは覚えていないけれども、1972年生まれの私は1960年代に銀座、赤坂、六本木あたりでならしていたアソビ人たちの話がまぶしくて仕方がなかった。本や雑誌の記事で知った彼らのアソビ方はとにかく豪快で破天荒だった。

その時代はまだ希望に満ち溢れていた時代だった。貧しい人も今よりは多かったかも知れないけれども、その分スターがスターとしての輝きを放ちえた時代だった。

とはいえ半世紀近くも前の話。ひょっとしたら当時のスターたちよりも美味しいものを食べていたり、おしゃれなレストランにいく機会にすでに恵まれているかも知れない。しかし彼らの物語のまぶしさは褪せない。

彼らの過ごした時代そのものが希望に満ち溢れていたから。日本はどんどんよくなっていくと誰もが信じ、その時代の最先端であった赤坂や六本木でアソんでいた人には自分たちこそが時代を作っているのだという誇りと気概があったように少なくとも若き私には感じられた。

時が経ち、私自身オトナというよりもオジサンといった方がいい歳になった。
大人のオトコに憧れているというとアタマが少しおかしいんじゃないかと思われるかも知れない歳だが、それでもまだ憧れる年長者はいる。

それは「バー」とか「マティーニ」とかそういうわかりやすい記号ではない。
この歳になって憧れる先輩たちは佇まいのある人たちだ。つまりスタイルのある人。そしてだからこそ優しくなれる人。

若かった頃はいわゆる「格好いいもの」に憧れた。でも歳を重ねそういうものの脆弱さをいやという程思い知らされる。そして見た目の格好よさではないものに気づく。ドリフの変な顔のチョーさんやぴったしカンカンでボケるおひょいさんが実はとてつもなく格好いいスタイルの人だということに気づく。

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谷啓さんは、東京田園調布に生まれて横浜で育った。13歳で終戦を迎え、そしてジャズと出会った。
ジャズにあまりにも惹かれ高校時代にはキャバレーにもぐりこんで演奏をするようになり、50年代なかばにはクレイジーキャッツとして人気を博すようになる。

もちろん60年代は六本木で飲んだ。
パパとタンタンのいるキャンティーで日本がもっともダイナミックに変わっていくのをみてきた。

でも彼は浮かれることはなかった。
ミュージシャンではなくコメディアンを目指した。

そして謙虚であり続けた。若手が楽屋で席を譲ろうとしても受けようとしなかったという。

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谷啓さんは私にとってはガチョーンのおじさんだった。いつもすっ呆けていたけれどもどこか佇まいを感じさせられた。

その谷啓さんが現在でいうところのお笑い芸人ではなく、本格的にトロンボーンを吹く生粋のジャズマンだったということをラジオで知ったのは大学生になってからだった。とても納得ができた。そしてその頃からか佇まいのある大人の男性というものを意識するようになったような気がする。

谷啓さんは60年代の激動で遊び、歳を重ね独自の佇まいをそなえた。

ハナ肇さんが亡くなったときよりも、植木等さんが亡くなったときよりもずっと寂しいのはなんでだろう。

また一人格好いい大人の男性がいなくなってしまった。

RIP,谷啓。

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