2010-09-03

リアル昭和ノスタルジー。



ピークというのは去ったのかも知れないが、三丁目の夕日を頂点としたような昭和ノスタルジーというものがあった。
家族とコミュニティーが機能していた古きよき時代的に語られることが多いけれども本当にそれだけなのだろうか?私はそのノスタルジーの正体はもう少し別のところにある気がする。それはいうなれば高温多湿なデタラメさへのノスタルジーなのではないかと。

今の時代なんでも無機質的すぎる。資本主義が高度に発達するのは結構なことだけれども、システムがキレイに発達しすぎたゆえプラスチック的になってしまい悪臭を放つバクテリアが全部死んでしまったような印象。

たとえばかつて芸能界といえばうさんくさい世界の象徴だった。

少し陰のある女優に対して「〇〇って、昔トルコで働いていたらしいぜ」とか、突如出てきたアイドルに対して「あいつ、ホステスしていたんだけど国会議員××の愛人になってデビューしたんだってよ」とか、どうしょうもないような噂が流布していた。噂を確かめたくてもググることも、掲示板で聞くこともできず、想像力だけを膨らませることしかできなかった。そしてそれが楽しかった昭和歌謡の時代。

今はすべてがプラスチックのベルトコンベアの上。中学生でもしたり顔で事務所の力関係の話をし、挙句の果ては話題とセールスを兼ねた"総選挙"ですべては決まっていく。高速のベルトコンベアの上、風を切って前進していくうちに温度も湿度も飛ばされていく。

村上春樹じゃなくとも「やれやれ」といいたくもなる。

やれやれじゃなかった時代は日の当たるところの裏には影があり、そこがじめっとしていることは当たり前だった。当たり前なのだから、皆できれば陽の当たるところにいたいとは思っても、影を悪いものとは思っていなかった。

ドヤ街とか赤線とかに顰蹙する人はいても、「しょうがねえじゃねえか」という空気もあったと思う。
それがいつの頃だからか、ありとあらゆるものが整理整頓されキレイに掃除漂白され温度と湿度と臭いが奪われてしまった。光ばかりで影を許容しなくなってしまった。

でも陰影があるからこそ温もりというものはあるはずだ。歳を重ねれば皺にその人の年輪が表れるはずなのに、年増のニュースキャスターみたいに四方八方から強烈なライトを当てて小皺を全部とばしてしまったら味は失せてしまう。

少しくらい高温多湿でバイ菌が繁殖しやすいくらい出鱈目な環境でもいいんじゃないか---と昨日のTBSラジオ「小島慶子 キラキラ」を聞きながら思った。

そのコーナーは「サウンドパティスリー」と呼ばれているもので、週日日替わりで色々な人がトークエッセーのようなものを披露する。木曜日の担当はプロインタビュアー(?)の吉田豪さん。そして昨日取り上げたのが球界を代表する伝説的左腕の江夏豊さんだった。

江夏豊。もはや彼のことを知らない人の方が多いのかも知れない。そもそも野球の人気がこれだけなくなってしまったのだからむしろ当然かも知れないが、彼は往年のプロ野球を支えた怪物の一人だった。Yahoo Japanの「20世紀日本プロ野球ベストナイン」の投手部門でも第一位になっていた。といっても王や長嶋と対決していた彼の全盛期、阪神時代のことを私は知らない。

私が江夏さんに対して思い入れを持つようになったのは彼が広島カープで活躍していたからだ。
幼少期をアメリカで過ごしたあと、1979年日本に帰ってきた年に優勝したのがカープだった。7歳だった私はわかりやすくカープファンになった。たちまち衣笠、高橋慶彦、山根、北別府、津田などの主力選手に魅了されることになるのだが、その中でも山本浩二とともに別格のまぶしさを放っていたのが江夏さんだった。

その後監督との確執のすえ、日ハム、西武と渡り歩くのだが、「優勝請負人」と呼ばれた彼はさながら包丁一本で渡り歩く渡世の料理人のようなえもいわれぬ豪放磊落な格好のよさがあった。

晩年不本意な引退を強いられ36歳でメジャーに挑戦し、引退した後はあまりぱっとしなかった。他人に迎合しない性格が災いしたこともあったのだろうが、特に覚せい剤で逮捕され服役した時はちょっとしたショックを受けた。

しかしその江夏さんへの印象がまた変わったきっかけがあった。それは伊集院静氏が週刊文春で連載していた「二日酔い主義」のエッセーだった。

自ら大学野球まで経験した伊集院氏が江夏さんと対談する機会を得たときの話だった
江夏さんは自分がプロ野球に入ったときの話をした。高校野球で名をはせ球団と入団交渉をし契約金をもらった。風呂敷で包まれた少なからぬその契約金を彼はあらためもせず、それまで不良として迷惑をかけた母親にそのまま渡し彼はその金を一銭も受け取らずにプロ野球の世界に飛び込んでいったというような話だった。

対談の最後伊集院氏は年長である江夏さんが最後まで正座していた足を崩さないでいるのに気づく。年少の彼が早々と足を崩してしまったことを恥じ、そして江夏さんの素晴らしさを称えエッセーは締めくくられていたと思う。

私はその話を聞いて自分のヒーローだった「江夏」はやはりホンモノだったと喜んだ気がする。そしてその後どうみたってヤクザあがりにしか見えない江夏さんに対して否定的なコメントがあっても「いや、江夏さんはそんなんじゃねえ。本当の江夏さんは偽りのない漢(オトコ)なんだ」と思っていた。

そんな江夏さんを評した吉田豪さんのPodcastを楽しみにして聴いた。

聴き終わったあと、私は思わず膝をうった。
「そうだよ、これがエナツだよ」

吉田豪さんが話すエナツはただの昭和の豪傑だった。酒、タバコ、女、麻雀に明け暮れ、余暇に打ち込む野球で大記録を打ちたて続けるような人生。山際淳司さんの「江夏の21球」であまりにも有名になった日本シリーズの最終戦の前も、オールスターの前人未到の9連続奪三振の前日も徹マンをしていたオトコ。

中学時代、野球部に入部するもすぐに上級生を殴って退部になり、チェーンをもって暴れ周りラグビー部に入部して思いっきり相手を張り倒していたオトコ。
「今は堂々とオンナアソビできない時代で、今の選手がカワイソウ」と嘯くオトコ。
そしてそういうすべてのヤンチャを「そういう時代やったから」といって片付けるオトコ。

それが私の知っているピンチをすべて三振で片付けるエナツそのものだった。

いやあ、メチャクチャだ。でもそれがエナツであり、それが昭和だった。

昔のプロ野球と今のプロ野球、どう考えても今の方がレベルは上だろう。戦術も技術も練習するためのマシンなどの環境も進歩しているのだから当たり前だ。でもエナツのような豪傑は現れようがない。

完全試合を達成した後の松坂が「いやあ、昨日極道に肩ドツかれたから心配しとったんやけど、却ってそれがよかったのかのぉ。ツボに入っていたのかも知れんのぉ。ガハハハハ」といったり、ワールドシリーズで決勝ホームランを打った松井が「いやあ、タイミングはずされたと思ったんやけど、二日酔いで目が霞んでいたのが却ってよかったわい」などということがありうるだろうか。

もちろんデタラメな時代の方がよかったというわけではない。でもたまにはそういう郷愁に浸ってもいいんじゃないかとも思う。

++++++

「九回裏、二死満塁。マウンド上では江夏がキャッチャー木下のサインに首を振っています。首を縦に振りました。セットポジションに入りました。塁上のランナーには目を向けず、一心にホームベースを見つめます・・」

妊婦のようなでかい腹にグラブを乗せてキャッチャーを見つめるエナツのふてぶてしい福耳が脳裏によみがえる。

「さあ、江夏振りかぶって投げたぁ、直球三振~~ん!!広島カープ、これで再び首位に返り咲きぃー。」

何事もなかったかのように涼しげに、酒場に向かうかのように俯き加減にマウンドを降りる暑苦しいエナツの昭和的な風体が懐かしい。

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