2010-09-30

ミリタリーファッション。



今年はミリタリールックがトレンドだという。といっても私はファッションについては門外漢で今年のトレンドについて語ろうという気はまったくない。それでもモードの考え方については少しわかる。

モードというのは多くの場合既存の価値観に対するカウンターだ。つまりある分野の先端をいく人々から現状(status quo)に対する提案である。

それを踏まえた上でミリタリーファッションがトレンドだということを考えるとどういうことになるだろう。ミリタリーファッションというのは強烈な記号性を持つからそこに何の意味もないと考えることはむしろ不自然だ。かといってデザイナーがこぞって戦争礼賛に走っているとも到底思えない。

そこで想像力を働かせてみる。昨今のミリタリーファッションは19世紀の軍服をソフトに進化させたものだという。ならばそれは20世紀、つまり資本主義の時代の全否定だと考えることもできる。19世紀にはすでに市民革命を通過しており、社会主義の幻想はまだついえていなかった。つまり民主主義の未来がまだ明るかった時代だった。

次に軍服というものについて考えてみる。もちろんそれは軍隊の征服である。軍隊が象徴するものは色々あるけれども、それは規律だとか秩序の象徴でもある。

そこから考えると、今のミリタリーファッションのブームはモード界から「もう一度、規律をもって新しい民主主義を築き直すべき時代が来ている」というメッセージだと読み解くこともできる。

モードというのは時代へのメッセージであると同時に消費されるものでもある。
だからおしゃれをしたい時にいちいち「このファッションの意味するところは」などとしち面倒くさいことを考える必要はない。
いいな、と思ったら素直に楽しめばいいとおもう。

でも現在も世界中のさまざまなところで戦争はリアルに起きている。その中で「今年はミリタリーがトレンドなんだってぇ」と無自覚、無批判にミリタリーファッションに興じる人には危うさを感じる。世界の人々にとって軍隊は日本人が考えるよりも遥かに身近な存在だ。

身近ということは色々な感情の対象となる。国のために戦う若者として敬意を示すこともあるかも知れない。近しい人を戦争や紛争で亡くしていれば憎悪の対象となることもある。いずれにせよ軍隊とか戦争ということは世界の人々にとって日本人が考えるよりも強烈なメッセージ性をはらんでいるのだ。

日本が長年平和を享受できたことは誇るべきことだ。でも同時に平和ボケしているという事実も否めない。

基本的にはファッションなんて好きなように楽しめばいいと思っている。
でもミリタリーファッションをまとうということは、「正社員はみんな火炙りの刑!!」とか「外国人はいますぐ日本から出て行け!!」とか書いてあるTシャツをまとうのと同じくらい強烈なメッセージを放ちうるということに対しては自覚的であるべきだとは思う。

2010-09-29

官僚たちの秋。



文芸春秋の村木厚子さんの手記を読んだ。

まあ、普通に考えれば検察のありあえないほどの杜撰さと非道さと恐ろしさに慄く記事なのだけれども、同時に少し安心もした。日本の官僚も捨てたものでないと。

手記から伝わってきたのは村木さんに対する好印象だった。仕事にやりがいを感じ誇りを持ちながら一生懸命に働いてきた女性官僚の像が浮かび上がってくる。もちろん取材した江川紹子氏や編集の意図もあるだろうが、その印象はあたらずとも遠からずなのではないかと思っている。

村木さんが逮捕された直後、ラジオ番組のニュースコーナーでそのことが報道されると、ゲストで来ていた森本卓郎氏が「個人的にこの村木さんのご夫妻を知っているんだけど、そんな不正をするような人じゃないんんだけどなあ」としきりに言っていた。

正直言うと私はアナリストとしての森永氏の意見に反対なことも多く、個人的にもあまり得意な人物ではなかったので「自分の知り合いだとそういう風に主張したがるんだ」とまんまと検察の意図にのる形で発言を冷ややかな気持ちで聞き流していた。

しかしその発言はどこか引っかかっていた。そして今回の事件の全貌が明らかになり、手記を読んだ今となっては私の中で森永氏が正しかったという結論になり、村木さんのような素晴らしい人間が官僚の中にいることを嬉しく思うようになった。

私の高校の同級生で官僚になったものが少なからずいる。彼らの多くとは卒業後にはあまり交流がないが、少なくともほとんどの奴らは高校時代は成績優秀で真面目に国をよくしたいという気持ちを持っていた。

もちろん大学進学後変わった奴もいるかも知れない。真面目で勉強ばかりしてきた純粋培養なので組織の論理に与されやすい奴もいるかも知れない。
それでも彼らのすべてが世の中の批判の対象となっているような酷い官僚になっているとはどうしても思えないのだ。

そんなことを日頃から考えていたところに村木さんの手記。やはり官僚の中にも初心を忘れることなく高邁な理想を掲げて日々身を粉にして働いている人がいるんだと思え安堵する。

もちろん「ほとんどの官僚は優秀で国のために一生懸命働いているんだから、過ぎた官僚批判はすべきではない」というようなことが言いたいのではない。

国益よりも省益を優先させる体質や過ぎたるエリート意識、実社会の現実を鑑みない頭でっかちなところや、省内で不正があっても自浄されないところなどは全力で正さなければいけない。

しかし官僚という機能は間違いなく必要なのだ。そしてそこに優秀な人材が集まらなくては日本はますます駄目になってしまう。

私たちは安易な犯人探しや全体主義的バッシングはやめ、皆がもっと建設的になる必要がある。
もういい加減官僚の悪いところをあげつらって喜ぶのはやめ、悪いところがあればどうしたらそれは改善されるかという議論を中心に据えるべきだ。

2010-09-28

【備忘録】ゆず胡椒。



世の中には料理にちょっと加えるだけで料理の味が劇的に引き立つというものがある。

それはニンニクだったり、ごま油だったり、オイスターソースだったり、黒七味だったり。

それらの共通点は「ついついたくさん入れたくなるけれども、入れすぎるとその味しかしなくなっちゃう」ということ。だから控えめくらいの量がちょうどいいということ。

そしてその代表選手がゆず胡椒。
あれは風味が強いので、ちょっと入れるだけで十分。
誘惑に負けるな、オレ!

2010-09-27

男の子、女の子。



先日グアムでバレーボールの試合があるというので観に行った。

女子のオープンの大会で高校生のチームも混じっていた。
選手のレベルはさまざまだったが、上手い選手は上手いなりに、そうでない選手もそれなりに一生懸命取り組んでいる姿はかわいらしく、そしてまぶしかった。

そんなかわいらしい高校生が並んでベンチに座っているのを見てふと思った。
「きっと彼女たちに恋をしている男の子がいるんだろうなあ」
そう考えるとたまらなくキュンとなってしまった。

私は高校生活を日本で過ごしたけれども、世界中の高校生の男の子がそう変わるはずもない。好きな子を遠めで眺めてはため息をついたり、告白ができなくて毎日「明日こそ告白しよう」と思ってできなかったり、アピールがしたくて不自然に道化てみたり。

ニュースを見ると国内外問わず高校生にまつわる事件も目に付く。でもほとんどの高校生は普通にそういう甘酸っぱい思いをしているんだろう。

彼らが何も憂えずに、好きなコに送ったメールの返信を今かと待ったり、初デートで手をつないでも嫌われないのかと悩めるような社会を私たち大人は作らないとなあ。

2010-09-26

人生の諸問題。



日経ビジネスオンラインの連載に「人生の諸問題」というものがある。
コラムニストの小田嶋隆とCMプランナーの岡康道の対談だ。

小田嶋隆の名前を聞いたことがある人はいるかも知れないが、岡康道は一般にはあまり知られていないかも知れない。彼は「南アルプス天然水」やJR東の「その先の日本へ」、「モルツ球団」などで一時代を築いたプランナーで、今はタグボートという広告のクリエイティブエージェンシーを率いている。そして20代後半、広告業界に身をおいていた私の憧れの人でもあった。

私は知らなかったのだが小田嶋氏と岡氏は高校の同級生であり、そのことでこの対談が成立したらしい。

同級生だからこそ、お互いを洟垂れ小僧の頃から知っている。お互いのいいところ、悪いところ、青臭いところ、バカげたところすべてを知っている。それを隠しようがないのが同級生であり、そして久しぶりの邂逅を済ませた元同級生の話はそういうところから始めるしかない。

連載の初期には二人の中年の驚くほど青臭く、驚くほどアホ臭い、つまり驚くほどリアルな高校生の姿があった。驚くべくもなく自分の高校時代と重なる。

あれから倍以上の年月を生き、油断をすればブログなどでも政治の話やら経済の話やら難しい話をしたがる。まあそういう話が好きなのだからそれはそれで仕方もないのだけれども、どうやったら女の子にモテるだとか、みんなが笑い転げるほどバカバカしいことをしてやろうとか、オレはすごい奴になれるんじゃないかとかだけ考えて過ごしていた日々が過去には確実に存在していた。「人生の諸問題」を読んでそんな日々が急に懐かしく感じられた。

そしてなんだか急に自分がつまらない人間になってしまったのではないかと不安になってしまった。もとより面白い人間であったわけではないけれども、知識も常識もカネもなく自由と体力と未来だけは持て余していた頃が眩しく思えてきた。

高校生の頃は将来ひとかどの人物になれるだろうかと考えていた。
あれから二十年経ち、高校生の頃のように輝けるかを考えている。
人生の諸問題。

明日から学生時代の友だちがグアムに遊びに来る。

2010-09-25

2010-09-24

幸せの総量。



「人生を平らにならせば、人の運不運とか幸せの総量は誰でも一緒だ」という言葉をよくきく。
そしてその通りだと思うこともなくもない。

でも幸せだとか幸運だとかいうものは主観的なものであるわけで、この言葉の運だとか幸せだとかいうのは何を基準にしてのことだろう。

もし主観的な個人の判断による禍福ということなら、話はちょっと厄介だ。なにごとでも前向きに捉えて何か不幸があっても「長い目で見れば却っていいレッスンになった」とか「世の中にはもっともっと不幸な人がいるし、そういう人に比べればむしろ幸せだ」といタイプの人がいる。逆に大したことがなくても世の中の不幸をすべて背負い込んだ顔をし、どんなにいいことがあってもその幸せを喜べないタイプの人がいる。

幸せの総量というものが主観的な幸不幸で決まるなら、前向きな人のところへは「おっ、こいつまだまだ不幸せに感じてないからもう少し厳しい現実を突きつけないと」ということになり、後ろ向きな人に対しては「えっ、これでも幸せに感じないならもっといいことをもたらしてあげないと」となる。

しかし前向きな人と後ろ向きな人なら、やはり前向きの人のところにより運は吸い寄せられるだろう。
ということは「人の運とか幸せの総量は人生をならせば皆一緒だ」ということは嘘になる。

つまり運や幸せというものは残酷なまでに不平等である。"幸せ界"にも勝者と敗者があるということになる。
これが不公平なことなのかどうかはわからない。でもどうせ勝者と敗者があるのなら、わざわざ敗者になることはない。商社を目指しますか。

まずは前向きに生きるとところから始めるということでいいのかしら。

2010-09-23

特捜本部。



今回の特捜の件はひどいし、組織の体質を考えると恐ろしい。
これを機になんとか体質改善されることを望む。

が、そんな恐ろしい特捜に一生相手にされることがないだろうと考えると少しだけ寂しいのはなぜだろう。

2010-09-22

日本語世界一。



世界中に流通しているブログの言語で日本語が一番多い、と言われて久しい。

で、大体日本人は発信好きだとかそこからその裏に見える日本社会の病巣という話になる。

でも考えてみようよ。どの年の資料をみても日本語は世界で第9位に使われている言語なわけで、その言語がブログの言語流通量で1位というのはどう考えても統計的にはおかしい(世界1位の中国語は12億以上、アラビア語4億以上、ヒンディー語、英語、スペイン語3億以上の人口が使用)。

これを「日本人は発信好き」だとか、社会の病巣で片付けるのは説得力にかける。

普通に考えれば「日本は多くの人がPCや高機能携帯電話を持てるほど豊かで、ブログを書いていられるほど平和」って考えるのが筋だよね。そこに「ブログを書ける人が多いほど、識字率がいい」ということを加えてもいい。

なんで日本のメディアって日本のマイナス面ばかりあげつらうんだろう。

素直に、「日本は世界的にこれだけ恵まれている。それを誇りに思うべきだ。そしてそうあれることに感謝しつつ、その幸せが続くようにみんな努力し続けようよ」っていえないのかしら。

2010-09-21

政治ってむずかしい。



なんだか硬い話題が続いてしまう。
でも結局はこういう話題が好きってことなんだろうなあ。
さてまたまたTBSラジオの"Dig"から。今回は「少子高齢化」の話。

少子高齢化に伴う社会保障制度の疲弊の話をしていた。まあ、よく聞く現役世代の負担増の話。子供が減って、老人が増えたら現役世代(働いている人たち)が面倒を見なきゃいけない負担が増えるという奴。三人の現役世代で一人の老人の面倒を見なきゃいけないとか。

こういう事実に対して、「問題とすべきは生産年齢人口であり、働ける人は働かせればいい。今の年寄りは元気なんだから定年なんて撤廃させればいい」という意見があった。

たしかに今の高齢者の中には元気でまだまだ働けそうな人も多い。にも関わらずそういう人たちも定年を迎えると引退させられる。
「そうだよね、そんなのもったいないよね。だったら彼らがリタイアしたいと思うまで働いてもらったらいいじゃない」という風に思うのは当然のようにも思える。「そうだ、そうだ、定年なんて制度やめてしまえばいいんだ」と。

でも問題はもう少し複雑だ。
たとえば定年がなくなったとしよう。皆働きたい限り働ける。ここで問題がでてくる。日本の労働基準法では解雇のハードルはかなり高い。簡単にはクビは切れない。

もし少しボケはじめて、体力も衰えた人が居座り続けても会社側としてはなかなかリタイアしてもらえない。「功労者なんだからそれくらい年長者を大切にしろ!」とおっしゃる方もいるかも知れない。

となるとまた問題がでてくる。若年層の失業問題だ。終身雇用が機能していた日本の会社では、新卒と定年者の給与格差は3倍近くに上るだろう。つまり、生産性の極めて低い高齢者を雇い続けたらこれからの日本を背負っていく若者を雇い、鍛えることができないということだ。

ならば年功序列の給与体系をやめればいいのではないか、という人がいるかも知れない。それは確かに一つの合理である。でもそこにはいくつかの問題がある。非年功序列というのはすなわち成果主義ということ。成果主義の年俸制の場合、給料を上げていく一つのメジャーな手段は転職だ。しかし、終身雇用制を前提に数十年間制度を培っていた日本には転職前提の制度は少ない。年金一つとってもサラリーマンなら企業の厚生年金が中心となっており、401K的なものはまだまだ整備されていない。

それなら何はともあれ景気がよくなって全体の雇用が増えればいいんだから、景気対策が大切だというかも知れない。
となると望もうが望むまいが国際競争に勝たなければいけない。そのためには教育が大切だ。ゆとり教育からもっと競争力のある厳しい教育に変えなければいけない。ひょっとしたら少子高齢化の中人材を国内にだけ求めるのでは限界があるから海外からも人材を受け入れなければいけないかも知れない。そのためには事業会社も英語公用語にせざるを得ないから英語教育も徹底しなければいけない。いや、そんな生ぬるい政策じゃ今の日本の人材不足は解消できないので移民も受け入れなければいけない。

移民などを受け入れたら彼らの法的処遇も考えなければいけない。外国人参政権問題はどうするのだ。国民保険の適用はどうするのだ。将来は年金の受給対象にするののか。

いやいや移民を受け入れる前に、まずは女性の力を活かすべきだ。ならば保育園の問題はどうする。フランスなどのように企業の負担を増やして、育児をしながらでも働きやすい環境を整えるべきだ。いや、企業の負担を増やしたらそもそもの国際競争力が減ってしまう。何いってるの、子育てがしやすかったら子供が増えて長期でみれば結果的に競争力は増すはずよ--

・・・・・などなど、ひとつの問題をとりあげただけでその周囲には政治的争点が山のようにでてくる、そしてそれぞれの問題も様々な論点のある難しい問題だ。

どうすればいいんだろう。
残念ながら解はないんだよなあ。

でもそれが政治だったりする。こういうことを真面目に考えたら、たかだか政治家ごときにすべてを任せることはできないと思うのではないだろうか。もちろん政治家にイニシアティブをとってもらって様々な専門家の意見を集約させベストの解決方法を模索して欲しい。でもこれだけ入り組んでいたら絶対に100点満点の回答なんてあるわけはない。ならばひとつにはみんなで解決方法を出し合っていかなければいけない。政治家とか他人任せじゃなくて。

それでも100%には辿り着けない。全員が100%満足する回答がないんだったら、利害を調整して落としどころを探っていくしかない。
おい!政治は利害関係の調整じゃないだろ!理想に向かって邁進していかなくちゃいけないだろ!
じゃあ、万人が納得する理想なんてあるのかよ!

・・というような話になっていく。

いやあ、政治って難しいね。
でも、ひとつだけ思うのはそれでも私たちはあきらめてはいけないということ。
あきらめたらすべてが終わってしまうということ。

少なくとも私はあきらめない。

2010-09-20

日本株式会社。



videonews.comで鳩山元首相が記者会見開放問題について語っていた。いわく彼は首相就任直後から記者会見の開放を主張していたが、さまざまな強烈な抵抗にあいなかなか叶わなかった。記者クラブなどの既得権益者も強烈に抵抗したし、側近の官僚からも「開放したら記者クラブを全面的に敵にまわすことになり、集中砲火を受けるので政権が危険なことになる」といわれ。

記者会見の開放に対する記者クラブの強烈の抵抗に関しては神保哲生や上杉隆の話をずっと聞いていたので知ってはいたが、あらためて元首相から聞くとやはりインパクトは大きい。

そのことを妻に話すと彼女はいった。
「それって普通の会社でいうと、社長が何かを決定しようとしても色々なレイヤーでそれを拒否したり、やめさせようと説得させようってことでしょ?もしそんな会社があったら『腐ってる』って思うわよね。そんなに日本の政府は腐っているわけ?」

なるほど。確かにそのとおりだ。
日本の内閣総理大臣といえばもちろん行政府のトップ。それに加えほとんどの場合立法府である国会の第一党の党首である。つまり制度的には司法と立法を握る強大な権力の持ち主だ。少なくとも鳩山元首相はそうだった。

その首相が記者会見の開放ひとつできない。これは問題だ。
マスコミはよく首相のビジョンの欠落、首相のリーダーシップの欠如を非難する。

しかし何かをしようと思って首相が指示しても通らない。覆される。鳩山元首相はいち早く沖縄入りをしたいといったという。それも「危ない」などの理由をつけて通してもらえなかった。

問題は制度的には何の問題もないことだ。総理の法的権力の大きさの根拠は明確だ。組織のかかえる一番大きな問題のひとつは責任の所在が明確でないこと。しかし日本は組織図的には責任の所在は極めて明確であるにも関わらず、実際にはそれが機能していない。

顕在化していない問題の解決は難しい。首相は身動きがとれないままもがくしかない。となれば他国の元首たちは誰に話をつければいいのだろうか。投資家は誰の発信する何を頼りに投資の判断を下せばいいのだろうか。

私が投資家だったら日本を買うだろうか。外国の元首だったら日本をパートナーに選ぶだろうか。
答えは残念な意味で明白だ。ストロングセル。

制度を越えたところで首相を束縛するものを打ち破るのは小泉元首相のような破壊力かも知れない。しかし劇薬に頼るのはやはり対処療法で本質的には何も解決してくれない。

幸い今の私たちにはネットを始め、オルターネティブの報道メディアがある。リテラシーさえあれば上杉隆のいうところの官報複合体に飲み込まれなくてもすむ。

破壊力抜群といわれた小沢一郎が敗れた。

そろそろ私たちは身を委ねられるひとりのリーダーの出現を待つのをやめ、大手メディアンに権力を監視するのを任せるのをやめ、自分自身で権力を監視し自分自身で社会を変える努力をしなければいけないのではないだろうか。

2010-09-19

チーム萌え。



あなたと全く同じ生年月日の知人はいるでしょうか。
私にはいた。

Bとは就職活動で知り合った友人を介して知り合った。彼らは学生時代、学生ライター・編集者としてそれなりの活躍をしており、そのまま編集の世界や広告の世界へ進むものが多かった。

私は結局まったく違う道を歩むことになったが、それでもMLなどを通じて彼らとはつながっていた。リアルでも機会があれば飲みにいっていた。

そのBが一昨年癌で急逝した。飲んだ流れでBの部屋に泊めてもらうことがあったり、みんなで釣り船を借りて一緒に釣りを楽しんだりもしたが、その仲間の中でとりわけ彼と仲がよかったわけでもなかった。
それでも私の知る唯一の同じ生年月日の男として、2時間違いに2kmちがいの病院で生まれた男としてなんとなく彼のことはいつも気になっていた。

その彼が死んだ。

死の少し前から始めたブログを読んで切なくなった。もう末期に陥ってから会いにいって自分に未来がないことを悟ったBの言葉を聞いて胸が苦しくなった。それでも彼は息を引き取ってしまった。

今日はBの三回忌だ。
私はグアムを離れることができず、遠く南から彼のことを思うことにした。

夕刻、Twitterを開いてみた。三回忌の帰りの友人たちが何人かTweetしていた。
皆それぞれの思い、方法でBを弔っていた。Tweet自体はむしろ他愛もないようなものが多かった。
それでも不思議とみなのBに対する愛が感じられた。そして最早中年の域に入ったおっさんたちのBに対する友情というかホモソーシャルな愛情というかが行間に満ち溢れていた。彼らは他の仲間と合流し、今晩夜通し飲むという。

「バッチ、お前がいなくなって寂しいよ。36歳にもならずに逝っちまうのは切なすぎるよね。お前もやるせないだろうし、遣り残したこともたくさんあるだろうけれども、でもひとつだけいっておくよ。お前が残した仲間たちは最高にお前のこと愛してるぜ。みんながお前に合流できるまではあともう少しかかるかも知れないけど、そうなったらまたゴキゲンだからさ。もう少しだけ待っててくれよ。じゃあな」

2010-09-18

2010-09-17

町山智浩と一芸力。



videonews.comを見ていた。
といっても今日は神保さんの話でも宮台さんの話でもない。
表題のとおりゲストとしてきていた町山さんの話だ。

町山智浩
一部の人にとっては説明不要のビッグネームだろうが一応説明すると、当代を切っての映画評論家であり、コラムニストである。マニアックな映画ファンに人気を誇る「映画秘宝」の創刊者としても知られている。

その町山さんがvideonews.comに出演し、「Inception」と「Casino Jack」について語るのだが、その中でオバマ大統領について語るくだりがあった。

それは次のような内容だった。

「アメリカではオバマ政権が簡単に崩壊することがないと考えられている。オバマ大統領の誕生はオバマの存在の大きさ自体に起因するものではなく、アメリカの大きなイデオロギーの転換によるものだから。アメリカは1930年代から始まるニューディールの時代が72年ごろまで続き、そのあとしばらく空白があって1981年に就任したレーガンがレーガン革命を起こし四半世紀以上も支配してきた。しかし2006年の中間選挙でそれが決定的に崩壊したことが明らかになった。つまりアメリカでは歴史的なパラダイムシフトがおき、イデオロギーの変換が生じ、その上にオバマ政権が誕生したのだから、オバマ自身が少しくらい失敗したくらいでは保守へは回帰しない」

ということだった。
この視座は私には完全に欠落していた。そして素直に感心した。

こういうと町山智浩を知らない人物は彼のことをインテリ映画評論家のように思うかもしれない。蓮實重彦のように。しかし実際のイメージは大分違う。たしかに彼は相当広範で深い教養を持っている。ただそれはインテリゲンチャのそれというよりもオタクのそれ、というイメージなのだ。

町山さんは恐らく小さい頃から映画オタクのような少年だったのだろう。彼は自身のPodcastで時折昔の映画の話をするが、それはDVDで見返したものではなく、彼の少年時代、まだビデオも普及していない時代のテレビ東京の昼間に放映されていたものだったりする。その放映されたテレビ局や年代をびっくりするくらい記憶している。

しかし映画オタクがそのまま大人になったような町山さんの映画評は凡百のインテリ映画評論家大先生たちのそれを遥かに凌駕する。少なくとも私は町山さんの評論を聞いて始めて映画評論という芸の深さを知った。

というのも映画好きが昂じてか、彼の知識教養は映画に必要な分野すべてに及んでいる。ギリシャ神話、ユダヤ教、キリスト教、近現代思想哲学史、文学、サブカルチャー、ロックなどの音楽全般、アメリカを中心とした現代政治。そう、結局は超インテリなのだ。

でも彼の知識はすべて映画を語るためにある。それらは彼の膨大なデータベースと融合してひとつの美しい映画評論となるのだ。町山さんは時にはとんでもない暴論を平然と言ったりするのだが、それでもこちら側にそれなりのリテラシーがあればそれもむしろ楽しい。

私が大学に入る頃くらいからか、AOと呼ばれる「一芸入試」(妻は一発芸入試と最近まで思っていました)が話題になっていた。当時はスポーツ推薦の補助的に使われたり芸能人を大学に入れて話題づくりをするために使われていた印象が強く、私は一芸入試というコンセプト自身を冷ややかな思いでみていた。

しかし町山智浩さんの映画によって培われた力をみると「一芸力」というものはやはりあるのではないかと改めて考えさえられる。

2010-09-16

2010-09-15

姉と夫。



先日母が4年前に亡くなった叔母、母の妹の葬儀の話をしていた。

しばらく病気を患っていたこともあり、叔母と叔父の間では葬儀のことも生前話し合われていたようだった。
しかし母は叔父が叔母の意図を誤って汲んでしまったために、葬儀が叔母の遺志から少しずれた形で行われたのではないかと思っている。そしてそのことを残念に思っている。

母はとても仲のよい三人姉妹の次女だった。成人した後も姉妹全員が比較的近いところに住み続けたこともあり、親密さは失われなかった。だから母は妹である叔母の性格や考えは嫌というほどわかっており、叔父の判断は誤っていたと思ったのだ。

しかし母は叔母のことをどれだけ知っていたのだろうか。

もちろん母の知っている叔母はいつわりのなり叔母だろう。しかし叔母には母の知らない顔もあったのではないか。姉妹で一緒に過ごした時間と結婚してからの時間だと結婚後の時間の方が圧倒的に長い。叔母には三人姉妹の末っ子という顔の他に、妻として母としての顔があった。そこには母の知らない叔母もいたかも知れない。もちろん妻として叔父の愚痴を母にこぼしたこともあるかも知れない。子育てのことで母に相談したという可能性もある。

母は夫婦には血のつながりはないが、姉妹には強い血縁があると思っているかも知れない。
でも生涯で叔母とすごした時間は母よりも叔父の方が圧倒的に長いというのも事実だろう。どうして夫である叔父よりも姉である母の方が叔母のことを理解していると言い切れるだろうか。

葬儀が果たして叔母の遺志に即していたのかどうかを知る由はない。
でも「彼に頼んだらこんなものよ」と叔母がいたずらっぽく言う声が草葉の陰から聞こえてきそうな気がする。

2010-09-14

科学的態度。



少し前にホメオパシーが問題になったという話しを聞いた。
助産婦が乳児に施すべき投薬をせずにホメオパシーのレメディーを与えたことによって死に至らしめてしまったといものだ。その助産婦は母親の了承をとることなく、独自の判断で行ったという。とんでもない事件だ。

私個人としてホメオパシーについてはよくわからない。理屈を聞いてもいま一つ入ってこない。ただイギリス、ヨーロッパでも医療の最前線で長年使われているというのだからそれなりの効果はあるのかも知れないという程度の認識だ。

先日あるラジオ番組でホメオパシー反対の立場の医者が話をしていた。彼は「ホメオパシーはプラシボ効果以上の何ものでもない。検証に値せず、門前払いして当然」という立場をとっていた。

おいおいちょっと待ってくれ。前述のとおり私はむしろホメオパシーはわからん、という立場でホメオパシーを擁護する立場にはまったくないけれども、この医者のものいいには引っかかる。

一昔前、UFOやネッシーなどの超常現象が流行った(?)頃、UFOなどを否定することをインテリのとるべき科学的な態度だと勘違いしていた人たちがいた。しかしもちろんこれは違う。

本当に科学的な態度というのは「確固たる反証ができなければ判断を留保する」というものだ。

つまり「UFOは実在しない」ということを証明できない限りはどんなにUFOなんているわけない、と思っても「UFOなんているわけない」などと気安く口にせず「UFOが存在する可能性は極めて低い」程度にとどめ、必要あらば宇宙人方程式などを持ち出すくらいのことはする、それが科学的な態度ではないかと思う。

先日妻と私、二日連続で皮膚科にかかる機会があった。妻は巻き爪を部分的に切り取る施術、私はひどくなりすぎたアトピー皮膚炎のケアだった。

妻の担当医もたまたま私の担当医と同じDr. Kimだった。彼女は半年前にNYからグアムに来たばかりで、それなりに医療の前線にもいた人だ。

妻の巻き爪がひどくなった原因の一つがファンガスと呼ばれる胞子で、その除菌のために毎日お酢で足の指を洗浄するように指示された。

私はアトピーが悪化し、皮膚の少なからぬ部分が悪くなった。それも胞子の影響の可能性もあるし、その他の可能性もあるといわれた。いずれにせよ古い悪い皮膚は洗い流した方がいいと言われ、日本で言う重曹にほぼ相当するベーキングパウダーで皮膚を洗浄することを勧められた。

私は彼女の態度にとても好感をもった。もちろんほとんどのお酢だって重曹だって化学化合物だ。しかし自然由来のものあるし薬物でない分効果は劇的でなくとも負担も少ないのではないかと思う。

医者が医者という立場、資格のもとで診療をするときは、いわゆる代替医療に対してある程度慎重な立場をとらなければいけないと思う。でもだからといって何でもかんでも医薬品に頼ってばかりの医療に対してはどうしても抵抗を感じてしまうのだ。

別に医者が保険の点数稼ぎにばかり精を出しているとかいうつもりはない。臨床でも基礎でも医学の発展のために必死になっている医者を知っているし、彼らの努力には頭が下がるばかりだ。

でも中には医療の高度さに謙虚さを失ってしまっている人もいるのではないか。太古から人は生きてきたわけで、それに比べれば西洋医学の歴史などははるかに短い。もちろんその過程で数々の病気を克服してきたのは素晴らしい。ただそれでも西洋医学的アプローチでは解決しえない問題もあるという可能性は忘れてほしくはない。

人間も化合物だ。そう考えるとすべては化学式で解決するとい考え方もできるのかも知れない。
でも私は人間は化学式では解決し得ない存在かも知れないというロマンチックな幻想を抱きつづけたいのだ。

2010-09-13

2010-09-12

大人の男性。



若い男は大人のオトコに憧れるのではないだろうか。
今の若者は知らないが少なくとも私はそうだった。恥ずかしながら告白すると、いきつけのバーに行き「いつもの」というとベリードライのTanquerayマティーニが出てくるような男になれることを二十歳の頃の私は目標としていた。

具体的な憧れの大人というのがいたかどうかは覚えていないけれども、1972年生まれの私は1960年代に銀座、赤坂、六本木あたりでならしていたアソビ人たちの話がまぶしくて仕方がなかった。本や雑誌の記事で知った彼らのアソビ方はとにかく豪快で破天荒だった。

その時代はまだ希望に満ち溢れていた時代だった。貧しい人も今よりは多かったかも知れないけれども、その分スターがスターとしての輝きを放ちえた時代だった。

とはいえ半世紀近くも前の話。ひょっとしたら当時のスターたちよりも美味しいものを食べていたり、おしゃれなレストランにいく機会にすでに恵まれているかも知れない。しかし彼らの物語のまぶしさは褪せない。

彼らの過ごした時代そのものが希望に満ち溢れていたから。日本はどんどんよくなっていくと誰もが信じ、その時代の最先端であった赤坂や六本木でアソんでいた人には自分たちこそが時代を作っているのだという誇りと気概があったように少なくとも若き私には感じられた。

時が経ち、私自身オトナというよりもオジサンといった方がいい歳になった。
大人のオトコに憧れているというとアタマが少しおかしいんじゃないかと思われるかも知れない歳だが、それでもまだ憧れる年長者はいる。

それは「バー」とか「マティーニ」とかそういうわかりやすい記号ではない。
この歳になって憧れる先輩たちは佇まいのある人たちだ。つまりスタイルのある人。そしてだからこそ優しくなれる人。

若かった頃はいわゆる「格好いいもの」に憧れた。でも歳を重ねそういうものの脆弱さをいやという程思い知らされる。そして見た目の格好よさではないものに気づく。ドリフの変な顔のチョーさんやぴったしカンカンでボケるおひょいさんが実はとてつもなく格好いいスタイルの人だということに気づく。

+++++++

谷啓さんは、東京田園調布に生まれて横浜で育った。13歳で終戦を迎え、そしてジャズと出会った。
ジャズにあまりにも惹かれ高校時代にはキャバレーにもぐりこんで演奏をするようになり、50年代なかばにはクレイジーキャッツとして人気を博すようになる。

もちろん60年代は六本木で飲んだ。
パパとタンタンのいるキャンティーで日本がもっともダイナミックに変わっていくのをみてきた。

でも彼は浮かれることはなかった。
ミュージシャンではなくコメディアンを目指した。

そして謙虚であり続けた。若手が楽屋で席を譲ろうとしても受けようとしなかったという。

+++

谷啓さんは私にとってはガチョーンのおじさんだった。いつもすっ呆けていたけれどもどこか佇まいを感じさせられた。

その谷啓さんが現在でいうところのお笑い芸人ではなく、本格的にトロンボーンを吹く生粋のジャズマンだったということをラジオで知ったのは大学生になってからだった。とても納得ができた。そしてその頃からか佇まいのある大人の男性というものを意識するようになったような気がする。

谷啓さんは60年代の激動で遊び、歳を重ね独自の佇まいをそなえた。

ハナ肇さんが亡くなったときよりも、植木等さんが亡くなったときよりもずっと寂しいのはなんでだろう。

また一人格好いい大人の男性がいなくなってしまった。

RIP,谷啓。

2010-09-11

【書評】「乙女の密告」(赤染晶子著)



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乙女の密告」(赤染晶子著/新潮社) 第143回芥川賞受賞作
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「アンネの日記」の構造を骨格に、「外大生のスピーチコンテスト」という舞台装置を借り、「乙女」という宇宙に属している主人公が自分自身を発見していく様子を戯画化しながら描く意欲作。

おっと、三行で要約が済んでしまった。
まあ、そういう作品です。この作品意欲作であることを認めるにやぶさかでありませんし、光ったり呻らせられたりするところがあるのは間違いないでしょう。

でも私は正直言うとこの作品が芥川賞選考委員の中でなぜそこまでの高評価を受けたか今ひとつピンときません。一言でいうと入り込めませんでした。

私の中ではその理由はわりと明確です。要約の中の「『アンネの日記』の構造」と「『外大生のスピーチコンテスト』の舞台装置」については何の文句もありません。素直に関心しました。しかし問題は「『乙女』という宇宙」であり、「戯画化」という手法でした。

まあ、この二つは別々の問題というよりはむしろ一つの問題といえるのですが。

まず「乙女」問題。この小説、執拗に「乙女」という単語ができてきます。これ実はこの小説独自のタームなんです。
「乙女チックな世界観をいだきながらも、女性として成熟する前の時期特有の生々しさ、いやらしさを持った女子、ならびにその集合によって形成される島宇宙」というような意味です。集団としての暴力性のメタファーでもあります。

種明かしをしてしまうと、この小説は主人公のみか子がその島宇宙から自力で抜け出していくイニシエーションの物語といえます。まあそういうテーマはありでしょう。

でもその「乙女」というターム、概念の説明が中途半端なんです。基本的に私は説明的な作品は嫌いなのですが、この作品ではちょっとわかりにくい。そのわりには矢鱈めったら「乙女」という単語が出てくる。作者としては計算づくの「乙女」の濫発なんでしょうが、個人的にはとても稚拙に見えました。そのくせわかりにくいわけですから。

このことは「戯画化」ということとも関係してるんです。
ちょっと話はずれますが、映画監督、脚本家の三宅隆太さんが「フィクション・ライン」という概念の話をしていたのを聞いたことがあります。

多くの映画や創作品はフィクションなわけで、それぞれに世界観がある。フィクションとしての世界観というのはトーン&マナーだけではなく、作品の前提となるルールといものもあります。

たとえばコメディー映画で主人公が驚いてカツラがポンと浮くことは考えられますよね。そういうのを見て誰も変だとは思わない。でも同じことが人種差別を扱っているシリアスなヒューマンドラマで起きたら明らかに違和感を覚えます。

つまり観ている人が「この映画ならここまではアリだよね」とすんなり受け入れられるラインといのがあるということです。もちろん上記の例は極端だからわかりやすいかも知れないけれどもフィクション色の強い作品は大体独自のラインがある。

SFバトルもので宇宙で大きな爆発音がしても「宇宙は空気がねえんだから、爆発音するわけねえじゃねえか」という見方はあまりしない。もし宇宙で音がするはずがないという知識があったとしても「とりあえずこの映画ではこれはアリなのね」という風に自然と自分でラインを設定する。そのラインこそを「フィクション・ライン」と呼ぶわけです。

このフィクション・ライン、ある程度特殊な設定であれば物語の初期で明確にしてあげなければ観客が混同してしまいます。「ああ、この作品はここまではアリなのね」とわかっていればすんなり感情移入できるものでも、唐突にそのラインが変わってしまったら当然観客は戸惑う。

「ハリー・ポッター」で蘇生の呪文というものがあっても誰も驚かないかも知れませんが、「グラントリノ」で最後イーストウッドがタオの呪文によって生き返ってハッピーエンドになってしまったら誰でもあっけに取られる。まあそういうことです、「フィクション・ライン」とは。

さて話を「乙女の密告」に戻すと、この作品はフィクション・ラインの定め方が雑なんですよね。
この作品にはバッハマンという常に女の子の人形を持ち歩いている変わり者のドイツ人教授とか、風呂に入るときもストップウォッチを首から掛けている麗子様というスピーチコンテストの女王として君臨しているキャラクターがでてくるんです。

こういうキャラクターがでてくると、「作者は戯画化して話を進めたいんだな」と自分なりのラインを設定をしてしまいます。でも主人公みか子の独白は割りと古典的な純文学ラインなわけです。しかもわりとくどくどとした独白。フィクション・ラインがわからなくなってきます。

このことは「乙女」の問題でも同様で、「乙女」というのは一般概念であるのだから、作中で新しい概念を与えたいのなら丁寧に作品上でのラインを設定しなければいけないのに、「あるある」的な事実を羅列しているだけのために却って読者の混乱を招くわけです。

で、ここからは完全に私の想像なんですけれども、作者の赤染さんは勝手に頭の中で映像化しながら作品を書いたんじゃないかなあと思うわけです。さらに進めると、「下妻物語」や「嫌われ松子の一生」などで有名な中島哲也監督に撮ってもらうようなイメージでいるんじゃないかなと妄想します。

ちょっとファンタジックな世界。シリアスな物語をユーモアとアイロニーをこめてファンタジーの中に押し込める映像世界。
そういうイメージを持ちながら書いたんじゃないかと思えるんですよ。そう考えると確かに中島監督だったらそれなりの作品にできる原作だという気がしてきます。

でも映像作品と小説は違います。
小説家ならまず小説として完成度を高めないといけません。彼女の小説をそのまま脚本にしたらひょっとしたら面白い映画が撮れるかもしれません。

でもそれは大いに映像の力を借りてのことです。やはり小説家なら映像の力を借りず、言葉の力だけで世界観を構築しないといけないと思うんです。文字と比べると映像って圧倒的に情報量が多いんですよね。頭で映像のイメージを描くのは悪いことではないとは思うんですが、それを文字上で再構築するのはそれなりのチャレンジなんじゃないかと思います。

そして赤染さんは少なくとも私に対してはそれに失敗しました。頭の中で描いた映像が堅固だったため、フィクション・ラインの構築が雑だったためだからではないかと思います。

「乙女の密告」。とても高いポテンシャルは秘めているものの、作者の小説家としての技量が作家としての野望についていけず、非常に惜しい着地の作品。少なくとも私はのめり込めませんでした。

2010-09-10

動物愛護。


ちょっと前にギリシャで動物愛護団体がミンク5万匹を逃がしたというニュースを見た。

こういうのどうだろう。彼らの主張は大体想像つくが、動物愛護の正義の顔をした欺瞞にしか思えない。

百歩譲って毛皮用のミンクは無意味な金持ちの贅沢品だからまったくもって不要な残酷な産業だ、という主張を受け入れたとしよう。それでも方法論が致命的に間違っている。こういう方法だけはとってはいけない。もちろん彼らに言わせれば穏当な方法をとっていたのではいつまでもたっても事態は改善されない、ということになるかも知れない。しかしテロのような行為をし、億単位の被害を出し、5万匹のミンクを逃すために(毛皮産業サイドは猛暑のためほとんどが死んだと主張している)5人の人間が首を吊ったり、生きていけなくなる想像力はないのだろうか。

もし「正義のためにそれくらいの犠牲は致し方ない」というのなら私は断固その団体を糾弾する。
地球環境や自然は大切だが、人としてまず大切にしなければいけないのは人だと私は思う。

異論のある人もいるかも知れない。
ではこういう問題はどうだろう。

またまたTBSラジオの「Dig」のPodcastingを聴いていた。テーマは「野生動物と人はどう向き合うか?

昨今、野生動物が人里に降りてきて及ぼす被害が深刻になっているという問題を扱っている。

その中で麻布大学獣医学部講師の南正人さんが次のようなことをいっていた。
「(一言で害獣の駆除といっても)非常に難しい問題がある。駆除をするとものすごい量のいやがらせのメールがくる」

このような行動をする人はどうだろうか。
被害は市町村によって違うが、億単位に及ぶところもあるという。
農家にとっては被害は深刻だ。

それでも命あるものである限り動物は駆除をしてはいけないのだろうか。

++++

以前、私は農業体験プログラムに参加したことがあった。そこでの体験は私の行動指針を変えた。端的にいうと、何かあると「もし私が農家だったら」という観点でものをみるようになった。

農家の仕事は大変だ。肉体的にきついといことももちろんある。そしてそれと同時に自然を相手にしなければいけないのだから、自分ではコントロールできない要素が大きいという大変さもある。
それを乗り切るためにはこつこつ努力していくしかない。同時に家族全員が手を取り合って協力しながら生きていくしかない。身内で手を取り合って、不可抗力である困難に対して我慢をしながら乗り越えていく。生きるということはそういうことではないかと思うようになった。

++++

ミンクを逃したり、害獣の駆逐を非難する人はそういうリアリティーを生きているのだろうか。

動物愛護団体の人は「私は完全なベジタリアン」というかも知れない。でも彼らは有限な燃料を使って、多額のお金をつぎ込んで世界中を飛び回っている。ひょっとしたらプロジェクトが成功するたびにシャンパンを空けるかも知れない。彼らに動物として生きていくリアリティーはあるのだろうか。

害獣の駆逐を非難する人で、肉を食している人はいると私は断言する。彼らは好きなだけ肉を食べるかも知れない。でも彼らは野菜や穀物を食べても生きていけるはずだ。しかしそうせず猟師を非難する。彼らの食べる食肉は欲望のままだろう。でも猟師は決して必要以上は捕らない。

みなにベジタリアンになれといっているのではない。肉を食べてもいいと思う。なぜならそれが生きるということだから。
そう、生きるということは残酷なこと。時には殺生を伴うかも知れない。それでも必死に生きることは決して悪いことだとは思わない。奪ってしまった他の命に感謝を示し、必要以上の殺生をしない。それこそが大切なのではないか。

2010-09-09

伊集院。


週刊現代の伊集院静のエッセー「真っ白な壁」を読んだ。

友人から強くすすめられたからであるのだが、迷わずに読んだのは長年伊集院のファンだったからだ。

伊集院を最初に読むきっかけとなったのは学生時代仲のいい教授にすすめられてだった。ちょうど「受け月」で直木賞を受賞した後だった。

伊集院静のことはその前から知っていた。作家としてではなくワイドショー的に知っていた。夏目雅子の結婚相手としてだ。

「伊集院さんのどこに惹かれたのですか?」テレビのインタビューで聞かれ「隣でものを書いているのを見て『ユウウツ』の『鬱』の字を何も見ないで書いているのを見てステキだなと思いました」と夏目雅子が答えているのを聞いた小学校6年生の私は翌日には「鬱」の字が書けるようになっていた。そしてそれが伊集院静との出会いだった。

「受け月」の後、古本屋へ行き文庫本になっている伊集院の本を探した。そして「あの子のカーネーション」というエッセー集にであった。週刊文春で連載していた「二日酔い主義」の単行本化だ。そして私は伊集院ファンになった。

といっても今となっては伊集院のことを知っている人の方が少ないかも知れない。

簡単にいうと、元CFディレクターであり、作詞家であり、酒飲みで、ホンモノの博打打であり、喧嘩っ早い無頼の直木賞作家である。

そして女性に尋常じゃなくモテた人だった。
かつて夏目雅子と夫連れ添い、今は篠ひろ子と結婚している。

作家としては非常に当たり外れが大きい。さらにいうと長編小説はあまり巧くない。若い女性の描き方はときに悲惨だ。だから彼が作家としては時に高い評価を受けないことにも不満はない。

それでも私が彼のことを追わずにはいられなかったのは、彼の美しい日本語と無頼の人柄の裏から滲み出る彼の優しさだった。とくにはみ出してしまったものをすべて受け入れる優しさだった。

だから非道い作品があっても、新作がでると毒を食らわばの心でついつい買ってしまう。

山口瞳の後を受け伊集院が毎年4月1日に新社会人に向ける文章が最近ただの年寄りのボヤキになっていることに嘆息し、そして「ツキコの月」が思いの他面白いのに期待をしてしまう。

そういうことを繰り返していく。でもそれでいいのだ。伊集院の文章を読むということは伊集院という人を読むということなのだから。

伊集院に技巧的欠点を指摘するのは清原に配球の読みの甘さを指摘するのと同じくらいつまらない。
サントリーの広告がつまらないものならば、それは伊集院の文筆家としての衰えではなく、単に彼が若者に対していいたいことは最早なくなってきたということなのだ。

世の中には巧い作家は増えてきている。設計図勝負というか。でも私はそういう作家にあまり興味を抱かない。
むしろ肉体で書く人に惹かれる。

とはいえもしこれを読んで伊集院に興味をもった人がいたとしても正直あえては現代の記事は勧めない。そこにあまり伊集院は感じられない。

むしろ夏目雅子ということで興味をもったのならまずは闘病生活の一齣を描いた短編集「乳房」(同短編集に収録されている「クレープ」も珠玉)、それから彼女との出会いがモチーフになっている「潮流」がおすすめ。
伊集院という男に興味を持ったのならエッセー集「あの子のカーネーション」、さらにその先の作家としての伊集院に興味を持ったのなら「受け月」、それでいけそうだったら長編の「海峡」三部作(「海峡」「春雷」「岬へ」)へいってみるのも悪くないかもしれない。

しかし今こうやって思い返しながら書いてみても伊集院が他人におすすめすべき作家かどうかは確信が持てない。
ただやはり私にとってはとても個人的な作家なのだ。今夜は久しぶりに「あの子のカーネーション」でも読み返してみようかしら。

2010-09-08

新しい感情。



痛い、嬉しい、悲しい、気まずい、興奮する、辛い、痒い、眠い。

人間には様々な感情がある。そのうちの多くは決して生まれもって備わっているものではなくて、社会の中で経験を培っていくうちに得る。生まれたばかりの赤ん坊におそらく虚栄心はないだろう。小学生の二日酔いというのもあまり一般的ではない。中学生が老いへの恐怖で慄くという話を聞いたことはない。様々な感情は体験することによって生じるのだろう。

私は今37歳だ。これまで色々な感情を経験してきた。いいことも、悪いことも、恥ずかしいことも、誇らしいことも。これから先どういう感情をあらたに得るのだろうか。

37歳でも、73歳でもあらたに得る感情はあるはずだ。それはたとえば死への恐怖などというもののようにある程度の歳になれば広く多くの人と共有できるものであるかも知れない。でも他方で三島由紀夫が自害をするときに抱いた感情など余人には諮りがたい感情というものもあると思われる。

つまり一人前を気取っている四十路近くなってからも、これから先様々な新しい感情、時には想像もつかないような感情にぶち当たり戸惑い、苦しみ、そして喜んでいくのだ。

私が比較的最近になって新しく得た感情がある。
それは結婚に関するものだ。

結婚前の人は結婚にどういう妄想を働かせるのだろう。
運命の赤い糸で結ばれた人とのお伽噺だろうか。それとも同棲の延長線にあって、お互い多少不満とかはあっても「こんなもんかな」とい手打ち感覚を持っている人もいるかも知れない。

しかし目下の私の結婚生活はそのいずれでもない。

私も妻も30歳を越えてからの結婚だ。つまりそれまでは独身として好き勝手にやってきた。
自覚はなくとも30過ぎまでそれなりに働いてきて収入を得て、その上ひとりで暮らしているとなれば勝手気ままにもなるし、同世代の世帯もちよりも贅沢な暮らしをするようにもなる。

そんな二人がひとつの所帯をもつことになった。私がグアムにいたということもあり、妻は仕事を辞めた。私自身日本にいる頃と比べると収入は減っていた。そして妻はゼロ。

新生活は存外出費が嵩む。そんな台所事情を鑑みて「無理。高すぎ!」とか「本当の本当にそれ必要なの?」と買い物に行くたびで妻にいう私を「こんなはずじゃなかった」と妻は思っていたかも知れない。

わがままは経済的な面だけじゃない。生活様式にしても自分のスタイルというものは30も過ぎれば出来上がっている。
お互いに許せないところもあるかも知れない。相手のことを神経質すぎるとイライラすることもあるかも知れない。
そして時にはぶつかる。

でもそういう衝突を繰り返し、口論と話し合いを経て少しずつお互いの気持ちを汲み取って、そして次第に「夫婦」という一つのユニットになっていく。うまく二人の折り合いがついていく。ひとつのチームになっていく。

++++++

私の妻は美しい。
夫がそういうのはアホみたいだが、他人もみなそういうのだから間違いはないだろう。
だからこんなことを私がいうのは説得力がないのは百も承知なのだが、「結婚は恋愛とは違う。外見だけで決めては駄目だ」というお節介なおじさん、おばさんに100%の賛意を示したい。

「ひとつのチーム」を築き上げていかなくてはならい。そのとき、どういう人がパートナー、バディーにいいかが大事になる。英語でよく使われる「Partner」という言葉は言いえて妙だ(さすが数多くの恋愛の失敗から学ぶ離婚大国)。

結婚相手とは一緒に生活を苦しみ楽しみ、一緒に子供を生んで、一緒に経済的な心配をして、一緒に子供の教育とか恋愛問題を考え、一緒に老後の心配をするのだ。

その相手を探す営為こそ結婚。「結婚は惚れたとか腫れたとかそういうのとは違うから」という親戚のお節介ババアの言葉が胸に染みる。

でも考えてみると結婚適齢期といわれる二十代半ばなり三十そこそこにしてもそういうことを身にしみて理解して実行するというのはなかなか難しい。なればある程度までいいと思った相手がいたらエイヤと結婚してしまうこともまた仕方のないこと。

しかも更に性質の悪いことに相手の収入だとか家柄だとか社会的地位だとかいうものがよかったら、なんとなく勝利した気になっちゃう。羨望と祝福も受けるし。でも本当は「チームバディーとしての相性」っていうものが一番大切だったりする。

で、回りくどくなったけれども私が言いたいのは結婚はある程度まではギャンブルであるということであり、そのギャンブルに負けてしまうと悲惨な事態が訪れかねないということであり、そして目下幸せなことに今のところ私はそのギャンブルに勝っているように思えるということなのだ。

今一度顰蹙を覚悟でいうと私の妻は美しい。しかしそれが私の勝利の原因ではない。
奔放な性格をしているので相性が合わなければ最悪かも知れない。我慢をぎりぎりまで溜め込む傾向があるので、ガス抜きの勘所がわからないと爆発をさせてしまうかも知れない。

でもそれらはあくまでも性格とか個性と呼ばれるもので、いい悪いの類のものではない。ある人にとっては厄介とも思えるかも知れない彼女の性格でも私にとってはどうってことないことだったりする。

いや、ひょっとしたら最初の頃は気になっていたかも知れない。何せ私も30半ばまで独身で好き勝手わがままに生きていたのだから自分のデタラメさを棚に上げて妻にイライラしたこともあったのかも知れない。

しかし同時に生活をしていくにつれ彼女の心根の優しさなどの美点なども再発見し、自分が拘っていたり彼女に対してイライラしていたものが実は取るに足らないものだということに気づいたりしていった。

それに気づくと次第にすべてのものを建設的に解決するために、二人でスムーズに話し合うことができるようになってくる。もちろんその過程にはどちらかないし双方の妥協もある。でも互いが互いのことを尊重し合えていると確信できているからこそ、譲るべきところは譲れる。

そしてそういう風になったと気づいたとき「ああ、ひとつのチームになれてきたなあ」という気がしてきくるのだ。チームとして馴染んでいく感じ。これはまったくもって新しい感情だった。独身の頃、結婚というものに対して想像だにしなかった感情だった。そしていうまでもなくそれを体験することは愉快なことだった。

そういう新たな感情を私に体験させてくれた私のベターハーフ、妻に感謝したい。
入籍から丸4年が経ち5年目へと突入していく今日、あらためて感謝の気持ちを妻に送りたい。

ありがとう。

2010-09-07

チャリンコでGo!



タムニングの郵便局の脇で自転車を停めた観光客らしきアジア人の男の子が地図を見入っていた。

ちょっと前からタモン近辺で自転車に乗る観光客の姿を目にすることがあったが、最近はタモンから飛び出しもっと広域で見る気がする。グアムは意外と山がちだから自転車で島一周ってのはちとキツいけど、そういう楽しみ方をする人が増えたらグアムももっとよくなるのに。

ビーチでナンパもいいけど、前日のナンパの反省会でもしながら山道をへえこら漕いで行く若者の姿がみてみたいぞ。

2010-09-06

500 days of モテキ。



グアムのコンビニ、サークルKでは色々なDVDが10ドルくらいで売られている。小作品が多いので、観たかったのにグアムの映画館では上映されずに観ることができなかったものもそれなりにカバーされて嬉しい。

少し前に買った「500日のサマー」を観た。建築家を夢見ながらグリーティングカードの会社に勤めている男の子が、ある女の子と知り合って付き合う間の500日間の物語だ。

監督はその後「スパイダーマン」の監督にも抜擢されたマーク・ウェブで、音楽も編集も、抑制を聞かせながらも気の効いている脚本などセンスのよさが光り高評価を受けた映画だ。そういう前評判もあったので楽しみにして観始めて少ししてから思った。

「これ、何かに似てるなあ。っていうか『モテキ』そのものじゃねえか」

モテキ」。久保ミツロウ原作の漫画だが大根仁さんの監督・脚本で今テレビ東京で放映されている。そのテレビ版の「モテキ」と同じルックなのだ。

とにかくこの二つの作品の主人公の童貞感(ちなみに両主人公ともに童貞ではない)のたまらなさが一緒。それを引っ張り過ぎないテンポのいい編集と秀逸な選曲に乗せて話を進めるというのも一緒。映画の前半でミュージカル調のシーンがでてきたときは思わずトムが森山未来に見えてしまったほど。

もちろん両作品のカタルシスはそれぞれに違うけれども、もしどちらかの作品が好きならもう片方をみてみることをオススメします。

ちなみに「500日のサマー」の最後の台詞、思わず本気で噴き出してしまった。いやあ、牛乳飲んでる最中じゃなくてよかった、よかった。

2010-09-05

祝、開幕戦勝利。



「誰も知らない」などですっかり有名になった是枝裕和監督の初期の作品に「ワンダフルライフ」というものがある。
人は死後、「あの世」に行くまで7日間の猶予を与えられ、その間に生前の一番大切な思い出を選んでそれだけを抱いて死後の世界へと旅立てるとい設定の映画だ。

映画はフィクションとドキュメンタリーが入り混じったような是枝監督独特の手法で素晴らしいものなので是非みてもらいたいのだが、この映画をみると当然誰しも「私ならどの思い出を選んで死後の世界に持っていくだろう」と考えさせられる。

1999年渋谷のスペイン坂にある小さな映画館でみた帰り、私は考えてみた。そしてあまり迷うことなく一つの思い出が脳裏に浮かんだ。

それは大学の部活の最終戦の思い出だった。

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私は大学に入ると未経験だったにも関わらず体育会アメリカンフットボール部の門を叩いた。チーム自体は優勝こそなかなかできないものの関東のトップクラスのひとつだった。しかし私自身は選手としては二流以下だったので二年生になると裏方にまわった。それでも四年間の大学生活は部活を中心にまわった。

その部活の総決算ともいえる四年生のリーグ戦の最終戦。勝てばプレーオフに進み日本一を目指し続けることができる。負ければもちろんその場で引退だが、誰ひとり負けることなど考えていない。

試合が始まった。相手は強豪だとはわかっていたが想像以上に強敵だった。フットボールの生命線ともいえるライン戦で完全に力負けしていた。少しずつ点差が開いていく。突如負けたらすべてが終わってしまうということに気づかされる。そして冷静な自分は勝ち目はほとんどないと告げている。戦術的なアジャストでどうにかなりそうな状況ではなかった。

前半戦が終わる頃、涙が溢れそうになってきた。勝てない。終わってしまう。
でも必死で闘っている仲間の選手たちはサイドラインに帰ってくると「いくぞ。全然いけるよ。絶対に逆転するぞ」と声を上げている。
選手がこんなに頑張っているのにベンチで何もしていない自分が泣きそうになっているのが情けなくて、仲間たちに申し訳なくて、後半戦はただただ涙をこらえながら声を張り上げ応援していた。

時間は残酷に流れ去り、点差は開き、そして私たちの四年間に及んだシーズンが終わった。

試合が終わると泣き崩れるものもいた。試合に負けたのが悔しかったのか、不甲斐なかったのか、ただただ四年間の部活が目標を達成できないまま終わってしまったことへの寂寥感なのか。いまだに説明のつかない感情。

私たちの四年間が終わっても、次に試合をするチームが待っているのでさっさと撤収作業をする。黙々と道具を片付け、引き上げていく。
最後整列してスタンドに向かって一礼する。涙をこらえながらも、すすりあげる嗚咽を隠すことができなかった。そしてそのことを恥ずかしいと思う余力さえなかった。

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それが私が「ワンダフルライフ」を観たときに思った一番の思い出だった。

不思議なことに、大学一年生のときにリーグ戦で逆転優勝を果たしたときのことでもなければ、受験で合格したときのことでもなければ、恋が成就したときのことでもなかった。

無残に試合に負け、無様に泣き面を衆目に晒したその試合を一番の思い出に選んでいた。

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27歳の当時の私はそれを一番の思い出に選んだ。
それが25歳や30歳だったらあるいは違う思い出を選んでいたかも知れない。
それでも27歳のときにその思い出を選ぼうと思わせてくれた、大学の部活動とその仲間には感謝している。

++++

昨日、関東学生アメリカンフットボールのリーグ戦が開幕した。
私の年の半分くらいの後輩たちやそのライバルたちがそれぞれの青春を全力でぶつけている。いつかかけがえのないものになる闘いに身を投じている。

勝敗だけがすべてではない。
しかしチームワークの結晶としての勝利はなにものにも変えがたい。

ユニコーンズ、開幕戦勝利 本当におめでとう。

2010-09-04

スピンコントロール。



お袋がいきなり「民主党の代表戦、面白くなってきたわね」といってきた。
なんのことを話しているのかわからなかったので尋ねてみると、どうも小沢氏と菅氏の票読みが拮抗してきているということらしかった。

前にも書いたことがあるかも知れないけれども、小沢シンパを自称してはばからなかったこともあったけれども、何がやりたいかわからない今の小沢一郎にさほどの思い入れはない。かといって菅直人にもこれといってやりたいことがあるようにも思えない。

小沢一郎にやらせてみてその最後を見届けたいという思いと、こんなにころころ首相が変わってしまっていいのかという後ろ向きな思いを抱きながら今回の代表戦を傍観している。

そこに「代表戦拮抗」の知らせ。
情報のソースがお袋だからどうせどこかのニュースワイドショーの話なんだろうけれども、これって真に受けていいのか。
私自身はリアルな票読みは全然わからない。ただ漠然と支持基盤などを考えれば小沢一郎が勝つのだろうなと思う程度だ。そしてその差は少なからぬものではないかとも思う。

そう考えると今回の「僅差」報道には却って穿った見方をしてしまう。

もし小沢一郎圧倒的優位先行逃げ切りということになれば、すぐにそこかしこから小沢バッシングがおこるだろう。実態のない「カネと政治」問題とかまったく根拠のない「説明責任」問題とかを持ち出して。これは小沢陣営のみならず民主党にとってもよろしくない。

だから無理やり僅差を演出し、接戦を演じメディアジャックをして代表戦を盛り上げる。自民党で森元首相が派閥を抜けて騒ぎを演出してもあまり見向きをさせなくする。まあいわゆるスピンコントロール。そして小沢憎しの野党の僅かばかりの可能性にかけようと世論の醸成にかける。

私は政治の素人だ。
でももし仮に私が夢想しているようなことが行われているのだとしたら、メディアも含めていい加減にして欲しい。

政治家とかメディアは日本をどうしたいのよ。
それを聞かせてほしい。

2010-09-03

リアル昭和ノスタルジー。



ピークというのは去ったのかも知れないが、三丁目の夕日を頂点としたような昭和ノスタルジーというものがあった。
家族とコミュニティーが機能していた古きよき時代的に語られることが多いけれども本当にそれだけなのだろうか?私はそのノスタルジーの正体はもう少し別のところにある気がする。それはいうなれば高温多湿なデタラメさへのノスタルジーなのではないかと。

今の時代なんでも無機質的すぎる。資本主義が高度に発達するのは結構なことだけれども、システムがキレイに発達しすぎたゆえプラスチック的になってしまい悪臭を放つバクテリアが全部死んでしまったような印象。

たとえばかつて芸能界といえばうさんくさい世界の象徴だった。

少し陰のある女優に対して「〇〇って、昔トルコで働いていたらしいぜ」とか、突如出てきたアイドルに対して「あいつ、ホステスしていたんだけど国会議員××の愛人になってデビューしたんだってよ」とか、どうしょうもないような噂が流布していた。噂を確かめたくてもググることも、掲示板で聞くこともできず、想像力だけを膨らませることしかできなかった。そしてそれが楽しかった昭和歌謡の時代。

今はすべてがプラスチックのベルトコンベアの上。中学生でもしたり顔で事務所の力関係の話をし、挙句の果ては話題とセールスを兼ねた"総選挙"ですべては決まっていく。高速のベルトコンベアの上、風を切って前進していくうちに温度も湿度も飛ばされていく。

村上春樹じゃなくとも「やれやれ」といいたくもなる。

やれやれじゃなかった時代は日の当たるところの裏には影があり、そこがじめっとしていることは当たり前だった。当たり前なのだから、皆できれば陽の当たるところにいたいとは思っても、影を悪いものとは思っていなかった。

ドヤ街とか赤線とかに顰蹙する人はいても、「しょうがねえじゃねえか」という空気もあったと思う。
それがいつの頃だからか、ありとあらゆるものが整理整頓されキレイに掃除漂白され温度と湿度と臭いが奪われてしまった。光ばかりで影を許容しなくなってしまった。

でも陰影があるからこそ温もりというものはあるはずだ。歳を重ねれば皺にその人の年輪が表れるはずなのに、年増のニュースキャスターみたいに四方八方から強烈なライトを当てて小皺を全部とばしてしまったら味は失せてしまう。

少しくらい高温多湿でバイ菌が繁殖しやすいくらい出鱈目な環境でもいいんじゃないか---と昨日のTBSラジオ「小島慶子 キラキラ」を聞きながら思った。

そのコーナーは「サウンドパティスリー」と呼ばれているもので、週日日替わりで色々な人がトークエッセーのようなものを披露する。木曜日の担当はプロインタビュアー(?)の吉田豪さん。そして昨日取り上げたのが球界を代表する伝説的左腕の江夏豊さんだった。

江夏豊。もはや彼のことを知らない人の方が多いのかも知れない。そもそも野球の人気がこれだけなくなってしまったのだからむしろ当然かも知れないが、彼は往年のプロ野球を支えた怪物の一人だった。Yahoo Japanの「20世紀日本プロ野球ベストナイン」の投手部門でも第一位になっていた。といっても王や長嶋と対決していた彼の全盛期、阪神時代のことを私は知らない。

私が江夏さんに対して思い入れを持つようになったのは彼が広島カープで活躍していたからだ。
幼少期をアメリカで過ごしたあと、1979年日本に帰ってきた年に優勝したのがカープだった。7歳だった私はわかりやすくカープファンになった。たちまち衣笠、高橋慶彦、山根、北別府、津田などの主力選手に魅了されることになるのだが、その中でも山本浩二とともに別格のまぶしさを放っていたのが江夏さんだった。

その後監督との確執のすえ、日ハム、西武と渡り歩くのだが、「優勝請負人」と呼ばれた彼はさながら包丁一本で渡り歩く渡世の料理人のようなえもいわれぬ豪放磊落な格好のよさがあった。

晩年不本意な引退を強いられ36歳でメジャーに挑戦し、引退した後はあまりぱっとしなかった。他人に迎合しない性格が災いしたこともあったのだろうが、特に覚せい剤で逮捕され服役した時はちょっとしたショックを受けた。

しかしその江夏さんへの印象がまた変わったきっかけがあった。それは伊集院静氏が週刊文春で連載していた「二日酔い主義」のエッセーだった。

自ら大学野球まで経験した伊集院氏が江夏さんと対談する機会を得たときの話だった
江夏さんは自分がプロ野球に入ったときの話をした。高校野球で名をはせ球団と入団交渉をし契約金をもらった。風呂敷で包まれた少なからぬその契約金を彼はあらためもせず、それまで不良として迷惑をかけた母親にそのまま渡し彼はその金を一銭も受け取らずにプロ野球の世界に飛び込んでいったというような話だった。

対談の最後伊集院氏は年長である江夏さんが最後まで正座していた足を崩さないでいるのに気づく。年少の彼が早々と足を崩してしまったことを恥じ、そして江夏さんの素晴らしさを称えエッセーは締めくくられていたと思う。

私はその話を聞いて自分のヒーローだった「江夏」はやはりホンモノだったと喜んだ気がする。そしてその後どうみたってヤクザあがりにしか見えない江夏さんに対して否定的なコメントがあっても「いや、江夏さんはそんなんじゃねえ。本当の江夏さんは偽りのない漢(オトコ)なんだ」と思っていた。

そんな江夏さんを評した吉田豪さんのPodcastを楽しみにして聴いた。

聴き終わったあと、私は思わず膝をうった。
「そうだよ、これがエナツだよ」

吉田豪さんが話すエナツはただの昭和の豪傑だった。酒、タバコ、女、麻雀に明け暮れ、余暇に打ち込む野球で大記録を打ちたて続けるような人生。山際淳司さんの「江夏の21球」であまりにも有名になった日本シリーズの最終戦の前も、オールスターの前人未到の9連続奪三振の前日も徹マンをしていたオトコ。

中学時代、野球部に入部するもすぐに上級生を殴って退部になり、チェーンをもって暴れ周りラグビー部に入部して思いっきり相手を張り倒していたオトコ。
「今は堂々とオンナアソビできない時代で、今の選手がカワイソウ」と嘯くオトコ。
そしてそういうすべてのヤンチャを「そういう時代やったから」といって片付けるオトコ。

それが私の知っているピンチをすべて三振で片付けるエナツそのものだった。

いやあ、メチャクチャだ。でもそれがエナツであり、それが昭和だった。

昔のプロ野球と今のプロ野球、どう考えても今の方がレベルは上だろう。戦術も技術も練習するためのマシンなどの環境も進歩しているのだから当たり前だ。でもエナツのような豪傑は現れようがない。

完全試合を達成した後の松坂が「いやあ、昨日極道に肩ドツかれたから心配しとったんやけど、却ってそれがよかったのかのぉ。ツボに入っていたのかも知れんのぉ。ガハハハハ」といったり、ワールドシリーズで決勝ホームランを打った松井が「いやあ、タイミングはずされたと思ったんやけど、二日酔いで目が霞んでいたのが却ってよかったわい」などということがありうるだろうか。

もちろんデタラメな時代の方がよかったというわけではない。でもたまにはそういう郷愁に浸ってもいいんじゃないかとも思う。

++++++

「九回裏、二死満塁。マウンド上では江夏がキャッチャー木下のサインに首を振っています。首を縦に振りました。セットポジションに入りました。塁上のランナーには目を向けず、一心にホームベースを見つめます・・」

妊婦のようなでかい腹にグラブを乗せてキャッチャーを見つめるエナツのふてぶてしい福耳が脳裏によみがえる。

「さあ、江夏振りかぶって投げたぁ、直球三振~~ん!!広島カープ、これで再び首位に返り咲きぃー。」

何事もなかったかのように涼しげに、酒場に向かうかのように俯き加減にマウンドを降りる暑苦しいエナツの昭和的な風体が懐かしい。

2010-09-02

20100902



今日は楽しかった。

2010-09-01

行動する。



昨夜のTBSラジオ「dig」のpodcastを聞いた。「菅総理 対 小沢前幹事長 ついに直接対決へ!これは民主党崩壊への序曲なのか!?」というテーマで民主党の代表戦についてだった。

学生時代、ベストセラーになっていた「日本改造計画」を読んで以来小沢一郎を見続けてきた。他の小沢ウォッチャー同様、彼の一挙手一投足に興奮したり失望させられたりしてきた。民主党に合流して「生活者第一」というようになった小沢氏にはいささかの違和感を覚え始め、そこで初めて彼を冷静にみることができるようになったかも知れない。

いずれにせよこれが彼の政治生命の最終幕となるだろう。小沢一郎を中心に回る政治というのはやはり確実に時代遅れになりつつある。しかし10年以上小沢一郎に期待していたのだから、乗りかかった船というか最後までしっかりと見届けたいと思う。

さてそれとは別に番組の最後のほうでジャーナリストの神保哲生が面白いことをいっていた。
要約するとこうだ。

「人々は政権交代がおき民主党政権になり社会が変化するのではないかと期待していた。しかし実際にはいくつかの失策があり社会も変わらず人々は失望し始めた。でも冷静に考えれば政治家が変わっただけで簡単に社会が変わってしまう方が怖いのではないか。(中略)世の中というのはそう簡単には変わらないのかも知れない。そもそも政治に世の中を変えてもらおうという発想が間違っているかも知れないのではないか。民主党政権になって私たちは何か変わったのか。私たちの行動は変わったのか。もし私たちが変わっていないのに、与党が変わっただけで世の中が変わったのならそっちの方がよほど怖いことなのではないか」

目からウロコの意見だった。私もずっと興味を持ちながら政治を見てきたが、評論家になってしまっていたこともあったかも知れない。

とにかく行動。少しでも行動。Think globally, act locally.
一人ひとりが変われば、世界は変わる。