2010-08-17



いわゆる市場原理を重視する人は最近では「ネオリベ」といわれ、「時代遅れの金の亡者」というような扱いを受ける。でもそうなのかしら?
個人的にはネオリベという言葉は安易なラベリングだと思うし好きにはなれないのだけれども(大体ラベリングをするのは理解不足の奴かその語感がネガティブインパクトを持つとわかっている確信犯の反対の立場に立つ奴らだ)、私の主張をそういう風にとらえる人もいるので、敢えて少しずつ反論。

「進歩」と「市場原理」の関係を書いていると紙面が尽きない。だからまずは重箱の隅から。

個別所得補償制度。 

私は農業は本当に大事な産業だと思っているし、それを立て直さなければいけないと思っている。
でもこんなに出鱈目な制度はないよね。

農家でも他の産業同様もちろん死ぬほど努力して結果を出している世帯もあれば、それなりにしか努力していない世帯もある。それを十把ひとからげに補償するなんて馬鹿な制度があっていいものか。これで農家のやる気、生産性が向上するのか。

こういう制度を考えているのは官僚と政治家だけれども、ここではあえて官僚は批判しない。奴らは自らにかかるリスクを軽減させ省益を守るのが仕事だからむしろこういう風な政策を提言するのは自明だ。しかし問題は政治家だ。議席を獲得した彼らは自らが議員職にあるのは「候補者よりより優秀で、より努力したからであり、当然のことだ」と思っている。

なぜその簡単な原理を農業にも当てはめないのか。そこにあるのは無能か不誠実でしかない。

自らが同じ体験をしながら「がんばる人が報われる社会」を志した方がいいと思わないのは無能としかいいようがない。「がんばる人が報われる社会」の方がいいと思いながらも、その逆を志向するのは「でもそういう主張をした方がより票が入るからそれが民意だよね」と自分に無理やり信じ込ませようとする不誠実な人に他ならない。

票が入る。そう個別所得補償制度は「主要農作物」といってもコメ農家中心に設計されている。それ以外の真面目な農家に話を聞くとむしろ個別所得補償制度を悪と捉える人も少なくない。

今一度いう。私は日本の農業の復興を祈っている。地産地消はひとつの理想だとも思っている。
だけれども、そのためには供給者が厳しい競争に勝つ必要があると思う。たとえば関税がかかっていても海外の安い労働力を加味した値段が安いのなら、長期的にはそれに対抗できる施策を国ぐるみで考えなければいけないと思う。
海外の食糧生産の方がずさんでコストが安いのなら、ずさんな生産で作られたものよりも正しく生産されたものの方が体にいいときちんと啓蒙していくべきだと思う。それを「食育」と呼ぶ人もいるかも知れない。そうすることによって国民の正しい健康を培え、結果的に国民に対する健康保険料の負担が減るとともに自国農業の育成にも役立つ。

とはいえ今の時代むやみに高い関税をかけることも現実的ではない。ということは、市場原理にのっとり「日本のXX(作物)はXX%値段が高いけれども、それに見合うだけの美味しさと安全があるよね」と思わせることのできる値段じゃなければいけないのだ。

私は日本は国を挙げてそこをめざすべきだと思う。

そう思う私を「このネオリベが」と思う人もいるかも知れない。
でも私の主張を完全に理解して頂いたうえで「ネオリベ」と呼ばれるのなら、その好戦的なイカツイ名称にもあえて甘んじようとは思う。

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