2010-08-31

自国文化教育。



グアムは選挙の季節だ。今年の11月に知事選があるのでそこかしこで選挙モードになっている。

今日知事候補者、Calvo,Tenorio陣営のスピーチを聞く機会に恵まれた。時間は小一時間、総花的な概論で個別の政策の詳細については聞くことは適わなかったが、人材育成のコンテクストで教育の話しが少しでてきた。そのとき思った。
やはりグアムはもう少し原住民チャモロをの文化を重視する教育をすべきではないかと。

ご存知かもしれないが、グアムの先住民はチャモロ。しかし16世紀以来スペインやらアメリカやら日本に侵略され、固有の文化が希薄になっている。現在はチャモロは全十人の四割程度にしかすぎないが、それでも今一度チャモロの文化を見直すことは観光で立国している島としてはとても大切なのではないかと思った。

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経済活動といものは本来的に効率を指向する。そしてしばしばそれは画一性を意味する。通貨は単一の方が経済効率はいいし、関税などもない方がいい。多くの問題を抱えながらもEUが今なお解消されずに存続しているのは、その本質が経済連合にあるといことはその出自からしても明確だ。

世界経済がグローバル化していく中で経済活動がある程度画一性を帯びてくるのは仕方がない。テレビの生産ひとつとっても北米向け、欧州向け、アジア向け、アフリカ向けなどと個性を強く打ち出しながら生産するよりも同一規格で大量生産してしまった方がずっと効率がいい。iPhoneやiPadのように。

経済活動で画一化が避けられないのだから、なおのこと文化面では多様性を重視していかなければいけない。なぜなら固有の文化を守っていくことは単なるノスタルジーではなく、それは進歩発展にもつながることなのだ。

力学における位置エネルギーが高ければ高いほどエネルギーをもつのと同じように、多様性が豊かであればあるほど、差異が大きければ大きいほど新たな発展への活力となる。もちろんその差異は時には軋轢にもなりうる。そして経済活動はそういった軋轢を嫌うだろう。しかしもし人間が経済活動だけに生きるのでないのなら、私たちはその軋轢を前向きに受け止めていく姿勢をみせなければいけない。

だからグアムはチャモロ文化を守っていかなければいけない。

ここまで考えてふと思った。私は人様の文化のことを偉そうに心配しているけれども、翻って自国日本はどうなのだろうか。私たちは自分たちの文化の美しさを十分に守ろうとしているのだろうか。教育は若い人が世界中に自分が日本人であることを誇れるように施されているのだろうか。

ちょっと日本を賛美し、自国文化を守る尊さを謳っただけでネトウヨなどとネタ的につまらないラベリングをされるよう状態はそろそろ終わりにしなければいけないのではないだろうか。

グアムのチャモロ教育の心配をしている場合ではない。

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