2010-08-30

愛おしい迂闊さ。



店からくる電話の着信音は他の電話とは区別してる。宇宙ステーションで緊急事態がおきたときの警告音のような着信音にしてある。だいたい店からくる電話がうれしい電話であることなんてほとんどない。程度の差こそあれ、ほぼ間違いなく何かのトラブルの電話だ。だから着信音は緊急事態の着信音なのだ。もしそのトラブルがとるに足らず電話口で簡単に解決するようなものだったらホッと胸を撫で下ろす。でも残念ながらそうでないことも多い。ブィーンコン、ブィーンコンという着信音が鳴るたびに私は憂鬱と腹立たしさと祈るような気持ちで通話のボタンを押す。

週に一回だけ夜店に出ない日を設けてある。その日は妻と一緒に外食するのがなかば通例になっている。
今日はそのオフの夜だった。少しばかりお酒をたしなんで美味しく夕食を楽しみ、ほろ酔いで帰ろうとしているときに悪魔の警告音が鳴った。

"Hello"電話をとったその声はひょっとしたら不機嫌だったかも知れない。その不機嫌は次の瞬間疑問符へと変わった。
「もしもぉし、Tです」。

その声は中学高校の同級生Tのものだった。しかし彼は日本に住んでいる。どういうこと?頭の周りにクエスチョンマークが飛び交う。「あれ、オレの勘違い」「いや間違いなくTの声だ」、「日本からの電話?」「でも店からの警告着信音だったぞ」、「ひょっとしてグアムにくるって聞いていたのを忘れてた?」「いくらこの時期来訪者が多かったとはいえ、Tからの連絡は忘れないだろう」。飛び交うクエスチョンマークを一つずつ自答でつぶしていきながらもまだ状況を飲み込めないでいるとTは悪びれずにいった。
「驚かそうと思って内緒できちゃったんだよね」。

日本からグアム。

たった三時間半とはいえ、それなりのギャンブルだ。極端な話もし私が日本に帰っている時期と重なっていたら会えなかった可能性さえあった。あるいは人によっては「相手の予定も聞かないで押しかけるのはちょっと非常識だ」という人さえいるかも知れない。

それでもTはきた。リスクとか良識とかを考えず、驚かしたいという一身できた。その気軽さがうれしい。その迂闊さが愛おしい。

社会に出てから知り合った友人じゃなかなかこうはいかない。

「びっくりした?」私の反応が思っていた程でもなかったのか、Tは伺うように聞いてきた。
「超びっくりしたよ」私が答えると、Tはまだ顔面すべてをくしゃくしゃにして笑った。

ぼくらの年齢がまだ今の半分以下のときとまったく変わらない笑顔だった。

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