2010-08-23

【書評】「東京島」(桐野夏生著)

【書評】「東京島」(桐野夏生著)
http://www.amazon.co.jp/dp/4104667021

ご存知の方も多いとは思うが「東京島」は実際にあった事件をモデルにして書かれた小説だ。

しかしその事実が本作の価値を損ねることはまったくない。むしろ34人の男性と一人の女性が無人島でくるかどうかもわからない救出を待つ、という設定を著者の桐野氏は見事に拾い出したといえる。その中で欲望がむき出しになり、人間の醜い面が露呈していくさまを描くというのは著者の十八番だ。つまりこの設定を探し出した時点で桐野氏には一定以上の勝利は確約されていた。

それでは「東京島」は大きな勝利を収めることができたのだろうか。残念ながら勝利は限定的なものにとどまってしまった。

その最大の原因は小説の守備範囲を広げすぎてしまったことにある。無人島での人々の三大欲求といえば、生存につながる食欲、性欲、救出欲ということになるのではないだろうか。物語の前半はこの三大欲求を軸におき、そこから派生する人間の醜い欲望の表出という形で緊張感を保ちながら描かれている。しかし後半になると孤独の中の発狂や宗教の成立、原始共同社会の成立、新しい生命・世代の誕生、など大きなテーマにどんどん話が膨らんでいく。そして残念ながらそれらのテーマは見事には回収されていない。

このことはこの作品が書かれた方法にも関係するのだろう。本作は「新潮」にて2004年1月号から2007年11月号まで断続的に15回にわたって掲載されたものだ。つまり筆者が一定のテンションをもって、ひとつの作品として書き上げたものではない。よってその時々の作者の関心の揺らぎがそのまま作品に出てしまっている。ゆえに秀逸な状況設定にも関わらず、全体的に生ぬるい読後感が残ってしまう。

本作を最後まで緊張感を保ちながら引っ張っていこうとするのなら、やはり先述の三大欲求を軸にすべきだったろう。そしてそれをなすには筆者は過ちを犯してしまったように思える。この小説はアナタハンの女王事件を下敷きにしているが、桐野氏は基本設定を用いているだけであとは自由に創作している。たとえば島のただ一人の女性を実際は24歳の妙齢だったにも関わらず、小説内では40代半ばに設定している。この置換は見事でこのことにより小説の粘度と湿度を上げるのに成功している。しかし別の創作はこの作品を致命的に弱めてしまった。それは実際のアナタハン事件には実在していた「銃」の存在を消してしまったということだ。

おそらく「銃」という存在が強すぎるということで意識的に消してしまったのではないかと思う。それはペンは剣より強し、とする筆者なりの心意気を見せようとしたのかも知れない。そしてそれによって生み出された一連の「日記」のくだりはいささか白々しさもあるもののそれなりの効果を生み出していたようにも思えた。

それでも物語の後半からでも「銃」は登場させるべきではなかったのかと今でも思う。やはり「生存」ということが大命題になったとき「銃」というものは圧倒的な迫力で存在感を示し、そして人々の醜悪な面も引き出すことができる。

私は筆者があえて「銃」を封印したと考えているが、同時にそれは失敗だったとも考えている。

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十分に読んで楽しめる小説ではあるが、この設定と桐野夏生という筆者を考えればもっとポテンシャルのある作品なのではないかと思う。いつか桐野氏が書き下ろしでリライトしてくれないかな、とありえないことを夢想する。

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