2010-08-02

闘う肉体



先日部活の後輩がグアムに遊びにきてくれた。 

最近、食生活の改善で(参照: http://mywifescamera.blogspot.com/2010/07/blog-post.html) 体重も減り、さらにウェイトトレーニングも再開したことでもうすぐ醜悪なカラダに別れを告げられるのではないかと密かに思っていた。あわよくばナイスバデーさえ目指してしまおうかなどと色気さえ出しかねない始末。

しかし現役のフットボーラーたちのカラダをみて、私はバカなことを考えてしまったものだと赤面させられた。彼らのカラダはナイスバデーなどという陳腐な語彙ではいい表せない美しさを放っていた。Tシャツの上からでも筋肉が語りかけているのだ。”オレは闘う肉体だ”と。

それは決して肉体年齢のピークの話ではない。彼らが社会人と比べて圧倒的にカラダを鍛える時間があるという話でもない。私は一部上場企業の重役という激務をこなす傍ら60歳を過ぎてから筋トレを始め、ベンチプレスの都大会のシニア部門で優勝した人も知っている。
私もベンチプレス自体は学生時代に挙げたウェイトとさして変わらない重さをまた挙げられるようになってきた。短距離は無理でも長距離なら鍛えれば学生時代よりもいいタイムはでるかも知れない。でもどんなにがんばっても私の肉体は闘う肉体にはならない。

三島由紀夫といえば武闘的なイメージがあるかも知れない。実際色々なものと闘ってきたのであろう。肉体だってご存知のとおりボディービルで鍛え上げた。しかし彼の肉体もまた闘っていなかった。彼が闘っていたのは病弱な三島少年の抱えていたコンプレックスとであり、美しく完成された彼自身の人生の物語を完成へと向かって昇華させる恐怖と闘ってきたのだ。その発露が肉体に現れただけで、肉体自身は闘っていない。

若きフットボーラーの肉体は日々闘っている。対面の選手をぶっ飛ばさなければ自分がぶっ飛ばされる。マークする選手より速く駆けなければタッチダウンを与えてしまう。ぶっ飛ばされたらやり返さなければ一試合中ずっとぶっ飛ばされ続ける。何度でもタッチダウンを与えてしまう。より強く、より早く。チーム内のライバルより、ライバル校の対面より。より強く、より速くならないと生き残れないことを知っている。頼れるのが自らの肉体だけだということを知っている。

7人のフットボーラーたちは学生独特の呑気さを持ったどこにでもいる体育会のアホどもだった。それでも彼らが眩しくてしかたがなかった。せいぜいベルトの穴くらいとしか戦えない自分の肉体をまとう皮下脂肪を鑑み、肉体を限界まで闘わせ輝ける短い季節に憧憬した。

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