2010-07-30

RIP オグリキャップ



少し前の週刊誌をめくっていたら「オグリキャップの晩年の不遇」といような記事の見出しが目に入った。

私自身は競馬はやらないが、それでももちろんオグリキャップは知っている。通っていた学校が中高一貫ということもあり、高校生の影響を受けてか中学生がてら教室で苦虫を噛み潰したような顔をしながら競馬新聞とにらめっこしているような輩が少なからずいた。

折りしも競馬ブームのまっさかり、「テラ銭を25%もとられる上に、大抵の人は特定の馬に思い入れがでてしまって合理的な買い方ができなくなるから競馬はやらねえ」などと生意気な御託を並べていた私でさえ、シンボリルドルフ、タマモクロス、ミスターCB、ヤエノムテキ、スーパークリーク、イナリワンなど当時活躍していた馬の名前は今でもすらすら出てくる。その中でもオグリは特別な存在だった。

私は記事に目を通した。記事はオグリが種馬としてはいい子供に恵まれず、晩年は牧場に彼を見に来る見物客もほとんどいなくなったというものだったが、別に「不遇」といえる程のものでもなかった。

二世が競走馬として成功するか否かは正直オグリの預かり知らぬ話だろうし、どんな名馬でも晩年までファンが押し詰めるというようなことはないだろう。普通の穏やかな余生を送ったのだろうと少し安心しながら記事を読み終えた。

しかしそれでもオグリが死んでしまったことには得もいえぬ寂寥感を感じた。彼が中央競馬で活躍した1988年から1990年までという期間が私の高校時代とぴったり重なっているということも関係あるのかも知れない。

1990年の有馬記念。不調が続き「オグリは終わった」と言われるなかでも、「それでもオグリ」と馬券を取りにいくことを捨ててまで彼に賭けた友達も少なくなかった。そして彼が先頭を駆け抜けたときの人々の興奮は今も忘れない。テレビでも何度となくその雄姿とオグリコールをしながら涙するファンの姿が映された。高校を出ると途端に競馬との接点がなくなったことを差し引いても、日本全国が競馬にあれだけ熱狂したことはその後なかったろう。


その騒動を思い出しふと思った。あれだけ頭のいい馬と言われていたオグリ自身がその熱狂を覚えていないはずはない。引退後もきっと厩舎の飼育担当者はオグリに対して愛情をもって接したろうし、決して不遇だったということはないだろうがそれでも欲望がむき出しになった競馬場のゴールを一等で駆け抜けたときの歓声と怒声を時折思い返すことは絶対にあったはずだ。

自らの最期を覚悟したとき、オグリの胸に去来したものはなんだったのだろう。

グッバイ、オグリ。

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