2010-07-27

【書評】「悼む人」(天童荒太著)



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「悼む人」(天童荒太著/文藝春秋)
http://www.amazon.co.jp/dp/4163276408
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コラムニストの中森明夫が「原案力」という概念を提唱している。エンターテインメント小説や映画などは「原案」をペラいちの紙にまとめることができるくらいわかりやすいインパクトが必要だ、という種の主張だ。

「悼む人」の骨子をまとめるのはきわめてたやすい。

「いくつかの死を契機に、他人の死をその人が『誰を愛し、誰に愛され、そして誰に感謝されたか』という観点から記憶する『悼む人』となってしまった主人公・静人がいる。彼は『悼』み続けることをやめられずに旅を続ける。その静人を直接的にとりまく幾つか重大な死にまつわるストーリーがの小説の骨子となり、その周りを幾多もの名もなき死が取り囲み物語に厚みを与える。大小の死を通じ(そもそも死に大小があるのか、という問題提起も含め)、『死とは?』ひいては『生きるとは?』を問う物語」

この「原案」だけをもとにすればある程度力のある作家ならば誰でも相応の物語は書けるだろう。しかし筆者の天童が紡いだほどの物語は小説家としての確かな実力と「原案」者としての強い思い入れがなければ決してなされなかったろう。

 本書は天童が7年かけて完成させたというだけあり、非常に完成度が高い。本作の肝となるのは主人公の静人が見ず知らずの死者を「悼む」ときに使う、その人が「誰を愛し、誰に愛され、誰に感謝されたか」という三つの設問にある。

 この問いかけは物語の序盤ではどこか唐突で不自然なものに映る。しかし複層的な死をめぐる物語が展開していくにつれ、「生きていくということはつまるところ『誰を愛し、誰に愛され、そして誰に感謝されたか』に尽きるのではないか」という作者の突き詰めた問題意識が強く浮き彫りになってくる。

 「愛し」「愛され」「感謝される」ということはすなわち「主体的な感情を持って生き」「他者ともしっかりと向かい合い」そして「社会に関わっていった」ということに他ならない。つまり一人の人間が生きるということは一人称であり、二人称であり、三人称であるということであるということだ。

 その作者の問題意識を物語で描ききるために作者は重層的なプロットを用意する。まず静人は主体を失いただ他者の死を「悼む人」という物語を推進する機能として登場する。彼は強い感情の起伏を見せず、黙々と「悼む」旅を続ける。

 そしてその静人のまわりに三つの死をめぐる物語が展開していくのだが、ひとつは静人を二人称として愛する人の物語であり、もうひとつは社会の中の三人称異物としての静人に興味をもった男の物語であり、最後のひとつは結果として静人に一人称としての主体を回復させる人の物語だ。

 それら三つの物語の中心人物はそれぞれに膨らみのある造形をしており、ディテールやギミックもしっかり描かれており読者を引きつける。その見事さに作家の技量が存分なく表われている。

 三つの物語は筆者の確かな筆力を支えにそれぞれ力強く物語を推進させていき、その時折静人が顔を出し物語の軸を確認させる。最後は見事にそれぞれの三つの物語が収斂されていくという構成になっており、そして事実見事に着地している。

 「生死」という普遍的かつ結論のでない問題に正面から「社会性」という観点から挑んだ天童の試みは賞賛に値する成功を収めているし、その試み自体が賛辞に値すると思う。

 しかしそれでも「小説」という枠組みの中では不満も残る。ほぼすべてが美しく、力強く計算されつくして進んでいく中でひとつだけ唐突感が否めない流れがあるのだ。「ネタバレ」しないように注意深く書くなら、静人が主体を取り戻すプロットの結末を藪から棒と思ってしまったのだ。

 いや、頭で考えるのならあの流れは彼が「主体を取り戻した」というための一番いい流れかも知れないという判断は理解ができる。しかし同時に「頭で考えたからああいう主体の取り戻し方になってしまったのだろう」ということもできる。ただその分だけ小説の終盤に必要な圧倒的な説得力をもつ勢いが感じられなかったのだ。

 ストレートに表現ができないのがいささかもどかしいのだが、要はそのプロットの動機が弱いということなのかも知れない。しかし、物語の途中までそのプロットに引き付けられていただけに着地が唐突で驚いてしまったのだ。

 もちろん後講釈で「あれは静人が主体を取り戻すための結論だよ」ということはわかる。そしてその重要性もわかる。しかし、重厚で濃密な物語の最後で少し入り込みきれなかった事実は掻き消せない。

 とはいえ「悼む人」は読むに十分すぎるほど値するすばらしい物語だ。
 自分としっかりと向き合う読書がしたい人には強くお勧めしたい一冊だ。

(2010.7.21 taro tsuruga)

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