2010-07-31

インタビュアー



初めて人にインタビューをした。しかも英語で。
妻と始めたプロジェクトで今後いろいろな人をインタビューすることになる。
その手始めに今日は在グアム米軍人宅を訪れ、奥さんに話を聞いた。

とても楽しかったし、自分としてはそれなりにうまくできたのではないかと思った。
・・・・・録音テープを聴くまでは。

いやあ、プロのインタビュアーってすごいですね。
自分がしゃべっているところの4割くらいは"okay"という、肯定でも否定でもない無意味な相槌。
我ながらひどい。相手が色々しゃべってくれるタイプの人だから成立していたのね。

吉田豪への道は険し。

2010-07-30

RIP オグリキャップ



少し前の週刊誌をめくっていたら「オグリキャップの晩年の不遇」といような記事の見出しが目に入った。

私自身は競馬はやらないが、それでももちろんオグリキャップは知っている。通っていた学校が中高一貫ということもあり、高校生の影響を受けてか中学生がてら教室で苦虫を噛み潰したような顔をしながら競馬新聞とにらめっこしているような輩が少なからずいた。

折りしも競馬ブームのまっさかり、「テラ銭を25%もとられる上に、大抵の人は特定の馬に思い入れがでてしまって合理的な買い方ができなくなるから競馬はやらねえ」などと生意気な御託を並べていた私でさえ、シンボリルドルフ、タマモクロス、ミスターCB、ヤエノムテキ、スーパークリーク、イナリワンなど当時活躍していた馬の名前は今でもすらすら出てくる。その中でもオグリは特別な存在だった。

私は記事に目を通した。記事はオグリが種馬としてはいい子供に恵まれず、晩年は牧場に彼を見に来る見物客もほとんどいなくなったというものだったが、別に「不遇」といえる程のものでもなかった。

二世が競走馬として成功するか否かは正直オグリの預かり知らぬ話だろうし、どんな名馬でも晩年までファンが押し詰めるというようなことはないだろう。普通の穏やかな余生を送ったのだろうと少し安心しながら記事を読み終えた。

しかしそれでもオグリが死んでしまったことには得もいえぬ寂寥感を感じた。彼が中央競馬で活躍した1988年から1990年までという期間が私の高校時代とぴったり重なっているということも関係あるのかも知れない。

1990年の有馬記念。不調が続き「オグリは終わった」と言われるなかでも、「それでもオグリ」と馬券を取りにいくことを捨ててまで彼に賭けた友達も少なくなかった。そして彼が先頭を駆け抜けたときの人々の興奮は今も忘れない。テレビでも何度となくその雄姿とオグリコールをしながら涙するファンの姿が映された。高校を出ると途端に競馬との接点がなくなったことを差し引いても、日本全国が競馬にあれだけ熱狂したことはその後なかったろう。


その騒動を思い出しふと思った。あれだけ頭のいい馬と言われていたオグリ自身がその熱狂を覚えていないはずはない。引退後もきっと厩舎の飼育担当者はオグリに対して愛情をもって接したろうし、決して不遇だったということはないだろうがそれでも欲望がむき出しになった競馬場のゴールを一等で駆け抜けたときの歓声と怒声を時折思い返すことは絶対にあったはずだ。

自らの最期を覚悟したとき、オグリの胸に去来したものはなんだったのだろう。

グッバイ、オグリ。

2010-07-29

20100729



神保哲生のTBSラジオ「dig」という番組の先日の放送で「リゾート地・グアムの知られざる秘密に迫る」といテーマで特集を組んでいた。番組では「グアムと日本人」(新潮新書 http://www.amazon.co.jp/dp/4004310830)の著者の山口誠氏を中心にリゾート地として以外のグアムの顔をかつて見たことないほど丁寧に説明している。

グアムをリゾート地として消費することを悪だとは思わない。またそういう目的でくる人が観光エリア以外のグアムについてまったく知らないということは仕方がないと思えることもある。しかしせめて何かの縁あってグアムに住むことになった人にはこの放送の内容は理解したほうがいいのではないかと思う。

放送はPodcastでも聴くことができる。
http://podcast.tbsradio.jp/dig/files/dig20100727.mp3

2010-07-28

young unicorns



大学の部活の後輩、現役のフットボーラーが7人で訪ねてきてくれた。
大学自体に対しては高校ほど思い入れはないが、部活の後輩は特別なものだ。
正しい先輩風の吹かせ方を習得するのもおじさんの必修科目だなと思った。

2010-07-27

【書評】「悼む人」(天童荒太著)



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「悼む人」(天童荒太著/文藝春秋)
http://www.amazon.co.jp/dp/4163276408
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コラムニストの中森明夫が「原案力」という概念を提唱している。エンターテインメント小説や映画などは「原案」をペラいちの紙にまとめることができるくらいわかりやすいインパクトが必要だ、という種の主張だ。

「悼む人」の骨子をまとめるのはきわめてたやすい。

「いくつかの死を契機に、他人の死をその人が『誰を愛し、誰に愛され、そして誰に感謝されたか』という観点から記憶する『悼む人』となってしまった主人公・静人がいる。彼は『悼』み続けることをやめられずに旅を続ける。その静人を直接的にとりまく幾つか重大な死にまつわるストーリーがの小説の骨子となり、その周りを幾多もの名もなき死が取り囲み物語に厚みを与える。大小の死を通じ(そもそも死に大小があるのか、という問題提起も含め)、『死とは?』ひいては『生きるとは?』を問う物語」

この「原案」だけをもとにすればある程度力のある作家ならば誰でも相応の物語は書けるだろう。しかし筆者の天童が紡いだほどの物語は小説家としての確かな実力と「原案」者としての強い思い入れがなければ決してなされなかったろう。

 本書は天童が7年かけて完成させたというだけあり、非常に完成度が高い。本作の肝となるのは主人公の静人が見ず知らずの死者を「悼む」ときに使う、その人が「誰を愛し、誰に愛され、誰に感謝されたか」という三つの設問にある。

 この問いかけは物語の序盤ではどこか唐突で不自然なものに映る。しかし複層的な死をめぐる物語が展開していくにつれ、「生きていくということはつまるところ『誰を愛し、誰に愛され、そして誰に感謝されたか』に尽きるのではないか」という作者の突き詰めた問題意識が強く浮き彫りになってくる。

 「愛し」「愛され」「感謝される」ということはすなわち「主体的な感情を持って生き」「他者ともしっかりと向かい合い」そして「社会に関わっていった」ということに他ならない。つまり一人の人間が生きるということは一人称であり、二人称であり、三人称であるということであるということだ。

 その作者の問題意識を物語で描ききるために作者は重層的なプロットを用意する。まず静人は主体を失いただ他者の死を「悼む人」という物語を推進する機能として登場する。彼は強い感情の起伏を見せず、黙々と「悼む」旅を続ける。

 そしてその静人のまわりに三つの死をめぐる物語が展開していくのだが、ひとつは静人を二人称として愛する人の物語であり、もうひとつは社会の中の三人称異物としての静人に興味をもった男の物語であり、最後のひとつは結果として静人に一人称としての主体を回復させる人の物語だ。

 それら三つの物語の中心人物はそれぞれに膨らみのある造形をしており、ディテールやギミックもしっかり描かれており読者を引きつける。その見事さに作家の技量が存分なく表われている。

 三つの物語は筆者の確かな筆力を支えにそれぞれ力強く物語を推進させていき、その時折静人が顔を出し物語の軸を確認させる。最後は見事にそれぞれの三つの物語が収斂されていくという構成になっており、そして事実見事に着地している。

 「生死」という普遍的かつ結論のでない問題に正面から「社会性」という観点から挑んだ天童の試みは賞賛に値する成功を収めているし、その試み自体が賛辞に値すると思う。

 しかしそれでも「小説」という枠組みの中では不満も残る。ほぼすべてが美しく、力強く計算されつくして進んでいく中でひとつだけ唐突感が否めない流れがあるのだ。「ネタバレ」しないように注意深く書くなら、静人が主体を取り戻すプロットの結末を藪から棒と思ってしまったのだ。

 いや、頭で考えるのならあの流れは彼が「主体を取り戻した」というための一番いい流れかも知れないという判断は理解ができる。しかし同時に「頭で考えたからああいう主体の取り戻し方になってしまったのだろう」ということもできる。ただその分だけ小説の終盤に必要な圧倒的な説得力をもつ勢いが感じられなかったのだ。

 ストレートに表現ができないのがいささかもどかしいのだが、要はそのプロットの動機が弱いということなのかも知れない。しかし、物語の途中までそのプロットに引き付けられていただけに着地が唐突で驚いてしまったのだ。

 もちろん後講釈で「あれは静人が主体を取り戻すための結論だよ」ということはわかる。そしてその重要性もわかる。しかし、重厚で濃密な物語の最後で少し入り込みきれなかった事実は掻き消せない。

 とはいえ「悼む人」は読むに十分すぎるほど値するすばらしい物語だ。
 自分としっかりと向き合う読書がしたい人には強くお勧めしたい一冊だ。

(2010.7.21 taro tsuruga)

2010-07-26

20100726



やはり人、ということに尽きるのだな。

2010-07-25

2010-07-24

いいから聞け。マクロビアレルギーの君にささぐ。最終回



さて色々書いてまいりましたが、マクロビ的食生活のスゴさわかって頂けたでしょうか。

今まで書いてきたことを簡単にまとめると

1)マクロビは思想とかスタイルとかじゃなくて、かなり体系だった食に関する考え方だ
2)マクロビはかなりカラダにいい
2)マクロビ食は馴れてしまうとかなり美味しいのでガマンすることなく続けることができる

というのが基本線です。

でも今まではいいとこしか書いていないですよね。というわけでカラダ的に別に対して改善されていないところも紹介しておきますね。

まず僕はそれなりの重度のアトピー性皮膚炎なのですが、それが大幅に改善したということはまだありません。人によって異なるのかも知れませんが、僕のアトピーは悪いときと小康状態を繰り返していくという感じで、そういう意味では今はそれほど悪くはないのですが、それでも「絶好調!!」といえるほどではありません。これが完治したら僕のエヴァンジェリスト度は相当あがるでしょうね。

それから当たり前ではありますが、昔折った骨の古傷なぞには何の変化もありません。今も一定の姿勢になるとかなり痛いです。

それから前回も記しましたが、妻の生理不順は完全には治ってはいません。

卵巣嚢腫や巻爪など治ってくれたらいいなあ、と思っているものもまだ目立った改善はないようです。好転反応のため、逆に肌荒れもおきているみたいですし、精神的にももう少し穏やかになれればなあ、とも思っているようです。

というわけでもちろんマクロビは万能ではありません。それでも上記の記述をみて頂ければわかるとは思うのですが、自分の中で「改善したらいいのになあ」と思うところのほとんどは改善されており、改善されていない箇所の方が圧倒的に少ないのです。そして改善されていない部分の多くも「もう少しこういう生活を続けていれば改善されるんだろうなあ」という感触さえ得られるのです。僕らはまだマクロビ的食生活を始めて三ヶ月ちょっとしか経っていないのですからすべてが魔法のように改善される方が不自然ですよね、むしろ。

そして「こういう食生活を続けていれば大過はない」と思える安心感って大きいんですよ。自分の将来に対する不安って色々な種類があると思うんですけれども、健康に関するものもある程度の歳になってくるとそれなりに大きいと思うんですよ。それがなくなる。健康診断の判定があがり、将来に対する不安が減るっていうのはいいもんですよ。

ただね、ここまでかなりのスペースを割いてマクロビ礼賛的なポストをしてきましたけど、誰にも気安く「マクロビ絶対にいいからやっとけよ」というのにはちょっとだけ抵抗というか葛藤もあるんです、正直いって。

というのはね、やっぱりマクロビ的食生活を完遂させようとすればそれなりに大変なんです。もちろんゆるやかやマクロビというものをすることもできますし、ムリのない範囲でやることも可能だと思います。でもマクロビの考え方がきちんとわかって、それを実行しようと思うと負担は少なくありません。たとえば白米なら30分くらい浸水させておけばいいかも知れませんが、玄米なら6時間は浸水させておきたい。またわりと極端に走りやすい我が妻はマクロビ食を始めると決意した瞬間、家から電子レンジを放逐しました。

もちろん普通に炊飯器で玄米を炊くことから始めてもいいと思うし、最初のうちは電子レンジを上手に利用するのも悪くはないと思います。でも実践してその効果に感銘すればするほどよりきちんと学びたいと思うだろうし、思えば思うほどそれなりの手間隙もかかってくる。

僕の場合はたまたまラッキーなことに妻が先に深く傾倒したので、「やってよ」ということなくマクロビ的食生活に以降できましたが、もし奥様がいつも調理していてしかも肉食とかが好きだとしたら「マクロビってさ、カラダにいいらしいからちょっとやってみてよ」と頼んでも「あなた、ただでさえ子育てが大変なのに、これ以上負担をかけないでよ!」という諍いの原因にもなりかねません。

また独身で家では自炊をするという方でも、仕事が忙しくてランチも夕飯も外食で済ませるという方は気をつけても限界があるかも知れません。

だから僕はここまでこれだけマクロビ食のすばらしさを声高に謳っておきながら、「みんな絶対にマクロビにすべし!!」という気はまったくありません。ムリはよくないし。

でもね、最後に一言だけ言わせてもらうなら、
マクロビ食は人生観が変わるほど劇的な変化をあなたの生活にもたらしてくれることもあるよ。

(了)

2010-07-23

いいから聞け。マクロビアレルギーの君にささぐ。 その5



さて続きにいく前にひとつ訂正というか補足です。

昨日アップしたポストで「マクロビは痩せる」というような表現をしました。それを読んだ私のマクロビオビワンこと妻が苦虫を噛み潰したような顔をしていました。「なにか問題あった?」と聞くと、「別にマクロビだから痩せるっていうわけじゃないのよね。太りすぎの人はだんだん体重が落ちてくるし、痩せすぎの人は体重は増えるのよ」と言われてしまいました。昨日書いたうんちの話と一緒で極端な状態に振れてしまっている人は真ん中の適切なところに落ち着いていくということでしたね。
いやあ、太りたくても太れない人がいるといことは、自分のお腹を見ているとついつい想像もつかなくて。すみませんでした。マクロビは中庸です!

さて次にいきましょう。

4)あれ、イボが消えてる!
僕は毎晩シャワーを浴びた後に耳かきをする習慣があります。耳の中の水気がとれてすっきりするので好きな人も多いかとは思いますが、僕は数年前から右耳の中に小さなイボみたいなものがあるのに気づいていました。別に痛くもなんともないのですが、綿棒を入れるとなんとなく引っ掛かってしまって気持ちよく耳かきができませんでした。それがマクロビ的生活をしてしばらくするとそのおできがなくなっていたのです。

数年間あったものが突然なくなったわけですから、マクロビ食の影響ということで間違いないと思います。小さなイボが一つなくなっただけといのは地味な効能かも知れませんが、イボといえば異物の表出なわけでそれが内服薬も外用薬も使わないでなくなったのは気持ちのいいことです。
何よりも耳かきがまたもとの気持ちの好いものに戻ったし。

5)ガチガチの角質がこんなにやわらかく!?
子供の頃、親父の足の裏の角質がガチガチだったことを覚えてます。確か「鉛筆で刺しても痛くないから」とか言われて刺してみて刺さらなかったことに驚いたものです。気づけば僕も中年になり、同じような足裏になっていました。それが気づけば柔らかくなっているわけです。
具体的にいうと、僕の足の裏は拇指球と踵と親指の外側がガチガチでした。当然そこに痛覚なぞ微塵もなく、たまに角質が厚くなりすぎるとカッターで削り取ることさえありました。そんな足の裏が柔らかくなってきたのです。ガチガチになっていた箇所の皮はまだ厚いですが、少なくとも水分を感じるような柔らかさは戻ってきました。

これでもうリフレクソロジストにも嫌われません。

6)爪復活!!
たまに爪がボコボコの人いませんか?昔は「どうやったらあんな爪になるんだろう」と思っていましたが、気づけば自分の爪がそうなっていました。両親指と両中指です。なんらかの反射なのかも知れませんが自分の爪がボコボコというのは気持ちいいものでもありません。それが次第に滑らかになってきました。親指はまだ道半ばという感じですが、中指に関してはよほど注意深くみないとわからないほどです。

あともう少ししたら臆することなくネールサロンデビューできそうです。

7)オレ、カラダやわらか!!
カラダの中で万年的に硬くなってしまっている筋ってありませんか。僕は両足ひざ下のふくらはぎ脇の筋、左肩甲骨の周りの筋、そして左の腰の体幹部あたりの筋がガチガチでした。
それまでもその筋を柔らかくしようとストレッチしたり、マッサージしたり、鍼を打ったり、お灸を据えたり色々試しましたが、あまり効果がありませんでした。これが経年変化かと半ばあきらめていたのですが、これが柔らかくなったわけです。

そしてそういった筋が柔らかくなっていくことによって、柔軟性も劇的に改善されました。
ストレッチとかしなくちゃいけないよなあ、と思っていても自分の体がガチガチで痛くて全然気持ちいいところまでいかなくて気づけばストレッチをやらなくなっていることってありますよね。それがなくなった。要は硬化している筋があるとそこが引っ張られてしまうということだと思うんですが、筋が柔らかくなったことでストレッチも気持ちよくでき今では地面に手のひらも再びつくようになりました。

それから足の筋が硬化していたときはジョギングしても膝が痛くなってしまうことがあったのですが、それは完全になくなりました。また腰の筋が硬かったときは、ちょっと腰に張りがあるとギックリ腰を再発させてしまうんじゃないかと不安だったのですが、もはやそんな心配はありません。地面に落ちているものを拾うのももはや楽チンです。

ストレッチなどは重要でしょうが、それが効きやすいカラダはもっと重要だということです。

8)っていうかオレって健康?
この項目、それ以外のことをまとめて書くために用意していましたが、やはり昨日「効能」を列挙した
ときに忘れていたことがあったのでここでまとめて。

まずひとつが汗。僕は極端な汗っかきだったんですよ。ひとっ走りしてくればTシャツがびしょびしょ。汗を搾るのも楽勝。普通に色つきのシャツを着ていても少し動き回るとあっという間に三段階くらい濃い色のシャツに変色してしまう口です。ですが最近汗をかく量がかなり減ったとい気がします。もちろんまだ世間でいえば汗っかきの部類に入るとは思うのですが、もはや異常な汗っかきではないというのが自己評価です。ジョギングをしても汗でTシャツが重くて鬱陶しいということも激減です。

それから喉。僕は鼻歌が好きで、油断をすると歌っているというタイプでした。しかし、カラオケは別段好きというわけでもないのでほとんどいかず、月日が経つうちに段々自分でも驚くくらい声がでなくなってきました。もともと巧いわけではないけれども、少なくとも車を運転しながら一人気持ちよく悦に入りながら歌うことはできました。それがまったく歌えない。この5年間記憶する限りカラオケにもいっていないし、「やっぱりまったく歌わないと声ってでなくなるのかなあ」とあきらめ気味だったのですが、それでもついついラジオから知っている曲が流れてきて歌おうと思ってまったく声がでないとちょっとした寂寥感に苛まされました。それがあるとき同じようにラジオから流れる曲に合わせて歌おうとすると「あっ、声がでる!」。もちろん生来よりも巧くなっているなんて都合のいい話ではありませんが、それでも経年変化(AKA=老化)だと思っていたことが体質改善によって克服されるといのは本当に気持ちの好い驚きです。
気づけばiTunesのplaylistに"Karaoke"というフォルダが加わっているかも知れません。

そうそう、最初の「中年の悩み」に「精力減退」っていうのも書きましたね。これについても書かないと。正直言うとこれについては劇的な変化は感じません。どちらかというとパワーアップした気がしますが、まあ年相応というところではないでしょうか。でも考えてみたらこの年で年中発情していたらそれはそれで問題です。やはりマクロビは中庸ということで。

あと生殖関連でいうなら、生理不順だった妻の生理の周期がだいぶ落ち着いてきました。まだ完全な周期とはいえないかも知れませんが、以前と比べると整理痛もかなり軽くなっているようです。ちなみに「完全な周期」というのは新月のときに排卵で満月のときに生理だって知ってました?

*****

とまあ以上が効能です。
次回は最終回ということでまとめですかね。
(つづく)

2010-07-22

いいから聞け。マクロビアレルギーの君にささぐ。 その4



マクロビっていうと、行き過ぎたLove & Peaceマニアか、自意識過剰なSATC女ってイメージ持っている人いませんか?僕はそうでした。

しかし僕はあえて声を大にしていいたい。

中年男こそマクロビすべし!

なぜか?
すべての答えがそこにあるからです。

中年男の肉体的悩みってなんでしょうね。
ハゲ、デブ、加齢臭、ぎっくり腰、精力減退とかじゃないですか。

これほとんどかなり劇的に改善します。

というわけで今回はマクロビの恐るべき効用についてです。データはとか薬事とか面倒くさいこと言わないでください。効用です。効きます!

さて色々書きたいんですけど、油断すると冗長な長文になってしまうことを自覚しているのでまずは箇条書きでいきましょう。

1)クサくなーい。
2)「これが本物のうんちか!!」
3)5kg痩せた!
4)あれ、イボが消えてる!
5)ガチガチの角質がこんなにやわらかく!?
6)爪復活!!
7)オレ、カラダやわらか!!
8)っていうかオレって健康?

1)クサくなーい。

僕は今37歳。グアムに来たのは約5年前。
日本にいたころは魚と野菜中心の生活でした。「その1」には「肉命!!」という風に書きましたが、それは若いころの話。いかんせん酒飲みなもんで旨いアテをつまみながらチビチビ呑るっていうのが最高の晩飯という生活をしていました。しかしグアムにくるとそういうわけにはいきません。まず魚、野菜類が充実していない。小さな島ですべてを輸入しなければいけない上にアメリカ圏なので肉が安くて充実しているということで自然と肉食が増えていきました。日本酒もこちらでは高いので日本と比べると劇安なビールが中心。

そうこうしているうちに体重も増え、体臭もキツくなっていきました。
体重については「そりゃ増えるよな」といような食事をしていたので「気をつけないいけないなあ」くらいに思っていたのですが、体臭についてはちょっとキツかった。いや、体臭自体はちょっとどころかかなりキツかった。「これは一時的なものに違いない」と自分に言い聞かせて必死に走って老廃物とか出して臭いを減らそうとあがいたりしていたのですが、一向に軽減されることはありませんでした。妻に「日本にいた頃はこんなに臭くなかったんだよ」といっても疑心暗鬼の冷ややかな眼差しで見つめられるのに臍をかんだりしていたものです。

それがマクロビ的生活をはじめて程なくジョギングから帰ってきて気づきました。

「あれ、俺クサくなーい」

それまでの汗だくの僕のTシャツは尋常じゃない異臭を放っていました。ジョギングから帰ってうちに入ると3m先にいる鼻のいい妻が気を失いながら廊下に倒れ伏していくこともしばしばでした。その僕が「クサくなーい」。

この感激、自分の匂いの非道さに悶絶したことのある人じゃないとなかなか分かち合えないかも知れません。でも自分がクサくなーいという単純な事実、世界中に叫びたいくらいの嬉しさです。もっとも世界中に叫んでしまうと僕のクサさに気づいていなかった人までにカミングアウトしてしまうことになるのでしませんが。

2)「これが本物のうんちか!!」
キミは本物のうんちをみたことがあるか。
便は健康のバロメーターと言われることも多いですが、マクロビでもやはりそういう考え方をしているようです。
うんちにもいいうんちと悪いうんちがあるようです。その細かい条件についてはにわかうんち博士の妻のブログでもみてもらいたいのですが、とにかくマクロビをはじめて程なくして僕ら夫婦の便通が劇的に改善しました。

僕はいわゆる軟便派。ま、当世風にいうなら「ユルい」感じなわけです。
先述したとおり僕は酒呑み。中島らもさんにしろ、伊集院静さんにせよ、浴びるように呑む人はゆるキャラだということは色々見聞して知っていたので自分が多少ゆるくても「男だし、酒も飲むし」くらいにしか思っていませんでした。
他方妻は女性にありがちのお通じの問題を抱えていました。わりとひどい方だったようで、週に一回程度の頻度でたびたびそのことのもたらす腹痛などに悩んでいました。

軟便と便秘。まったく逆の問題を抱えていたふたりが、まったく同じ食生活をしてふたりとも理想的なうんちに近づいたいのです。普通にびっくりです。
便秘なら食物繊維をたくさんとるべきだとか、軟便なら刺激物を避けるべきとか、それぞれの症状に対して気をつけるべき食事のことは聞いたことはありましたが、まったく逆の症状のふたりがまったく同じ食事をとってともに改善する。びっくりしませんか。

お通じ関連の悩みはなかなか人に相談しづらいかも知れませんが、本人としてはかなり辛いうえに腸内の老廃物が大腸ガンの原因にもなることを考えれば決して笑いごとで済ませられる問題じゃありません。
妻は快便ライフにいたく感激し、それでマクロビ道に邁進することへの吹っ切ったと伝え聞いています。

3)5kg痩せた!
3ヶ月で5kg痩せました。これ本当だし、ひょっとしたら皆さんのもっとも興味のあるところかも知れないけれども、これだけ言っちゃうとちょっと過大広告ということで謝罪広告を出さなければいけなくなるかも知れないので一応ちゃんと説明しておきます。

一言でいえば、「5kg痩せたのは本当だけれども、それなりに運動もしてるよ」ということです。

僕はもともと好きなだけ呑み食いして、それなりに運動して体重をコントロールしていました。ガンガンに呑んで、ガンガンに走るようなイメージです。まあ、というわけでそもそもが中庸を是とするマクロビとは間逆なところにいたのですが、それが4年近く前に結婚してから基本的には体重が赤マル急上昇です(懐かしいですね、この表現)。

独身時代は一人で呑りながら適当に何かちゃちゃっと作ってアテにするという生活だったのが、がっつりと夕飯を食べるようになったからというのもあります。料理本のデフォルトの「4人前」を妻が「残れば明日も食べればいいし」と思っていることを無視して完食してしまっていたというのもあるかも知れません。そして肉食が圧倒的に増えたからというのもありました。

で、結婚したときより体重が5kg、6kgと徐々に増えていくにつれさすがにマズイと思い、食べる量も減らし、魚食もできるだけ増やすようにしていました。走りこみもしました。しかし走りこみをしても昔のように体重が減らない。僕はそれを「年をとって代謝が落ちてしまったんだな」となかばあきらめていました。しかし諦念を抱きながら遠い目をしても体重は増加の一途。気づけば対結婚時比8kg増の76kg超になっていました。

そんなときにマクロビ的食生活を始めたわけです。

それからは体重がイメージどおりに減っていくように変わったのです。昔から「この程度の食生活で、これだけの運動をしたらこれくらい痩せるな」という感覚はありました。しかしここ数年、培ってきたその感覚がぜんぜん機能していなかった。走れど走れどわが体重計の負担楽にならず、といった按配で。それがマクロビ的食生活を始めた途端また自分のイメージどおりに体重を減らせるようになったのです。

ただ先述したとおり、それなりに運動してます。週3-4回がっつり走っているし。そして痩せて気づいたことは当たり前すぎることでもありました。

ひとつは「今までどう考えても食いすぎだったな、オレ」ということ。それから「肉食は太るよなあ」ということです。

食べる米の量は半分から1/3くらいに減りました。でもこれは無理をしたわけではないんです。マクロビでは白米ではなくて玄米を中心に食べるんですけれども、玄米って腹持ちがいいんですよね。だから馴れれば無理なく量も減っていく。それから「肉は太る」ということですけれども、おそらく肉でも野菜でも摂取したカロリー分しか太らないのではないかとは思います。ただね、肉は食べ過ぎちゃうんですよ。トウモロコシとかきんぴらごぼうとか湯豆腐をカロリーオーバーになるまでついつい食べ過ぎちゃうってことはあまりないと思うんですよね。でも肉料理だとついつい大皿に盛られているチンジャオロースをもう少し食べちゃおうかな、とか唐揚げもうひとつたべちゃえってことが生じやすくなる。しかも大体味付けが濃かったり脂っぽかったりするからお米や副菜が進んじゃう。そりゃ太りますわ。

ただね、僕は別に痩せるからマクロビ食はいいっていう気はあまりないです。そりゃ肥満は万病のもとかも知れないから痩せた方がいいとは思う。でも別に肉食をしていても、偏食をしていても痩せること自体は可能でしょう。ただ「健康的に」ってことが大事だと思うんですよ。そしてマクロビ食はとても「健康的」なんです。その「健康的」な食生活は結果的にとても痩せる確率が高い、といのが僕の実感ですかね。

あっ、最後に蛇足ですが酒に関しては全然節制してませんよ。今までどおり週一回の休肝日だけを設けて普通に十分に飲んでます。ああ、こういう風に堂々と書くと妻がまた「そんなエラそうに書くことじゃないでしょ!」って怒るんだろうなあ。
(つづく)

2010-07-21

いいから聞け。マクロビアレルギーの君にささぐ。 その3



マクロビ的な食生活なんて自分にできるわけはないと思っていました。おいしいもの食べたいし。
でも今のところ3ヶ月くらい続いちゃっているわけです。

理由はふたつ。
ひとつは「美味しいから」これが何よりです。
楽しくないもの、辛いものは続きません。
でも美味しかったらやっぱり無理なく続くわけで、ましてカラダにポジティブな変化をいっぱい感じられたら、これは楽しくないわけがありません。

カラダの変化は劇的で感動的でさえあるのですが、その詳細は次回以降のポストに譲るとして、ここでは「美味しさ」にフォーカスです。

マクロビも別に禁欲的な宗教上の理由で始まったわけじゃありません。ただカラダにとっていいものを食べた方がいいに決まってるという当たり前の理由から始まったのだと思います。
だから前回書いたような陰陽のバランスが取れいてる限りにおいては美味しいものを食べたい!と思ったのでしょうね。

それゆえかかなり貪欲に色々な研究がなされています。素材、調理方法のバリエーションが豊富なんです。
その結果、さまざまな味や食感が楽しめるんですよ。本当に。
グルテンで肉の食感を代用させたり、テンペと呼ばれる豆でできたものを肉の調理法で食べたり。だから食事も美味しい。全然禁欲的な感じはありません。

ただ正直いうと、僕自身は「代用」って考え方はあまり好きじゃありません。確かにテンペも美味しいけれども「お肉を食べているみたいでしょ?」とたずねられたら「それはちょっとムリあるんじゃないの」と答えざるを得ないです、そりゃ。
お菓子でもチョコレートの代用品といわれる食材があったり、コーヒーの代替品の飲み物があったりするのですが、それをチョコレートだと思って食べるとやっぱり「ちがう」となってしまいます。
でもそれをそういう先入観を持たないでただのクッキーだと思って食べると美味しいんですよ。

僕は酒飲みなのですが、もし酒飲みに何の前情報も与えずにマクロビレシピで構成したアテを出しても「今日の晩酌メニューは最高だね」と言われ、それがマクロビメニューであることさえ気づかれないってことも十分ありえます。

まあ要はマクロビってきちんと作ればかなり満足度の高いおいしい料理になるということです。

さてマクロビが意外と無理なく続くもうひとつの理由はマクロビ的な食生活を続けていると、次第にアンチマクロビ的なものを欲しなくなってくるということなんです。

その1」でも書きましたが、僕は妻がマクロビを始めたいといい始めたとき、野菜は彼女の作ってくれるものを食べて魚は別に自分で焼けばいいやと思っていました。そして事実しばらくそうしていました。そうしないと明らかに物足りなかったですし。でもマクロビ的食生活になれてくると徐々に肉や魚をそこまで欲しなくなってくるんです、不思議なことに。そしてあえて別途魚を焼かなくてもいいやって気になってくるんです。

もっと面白いのが砂糖。
マクロビでは基本的には精製した食品は極力とりません。精製しちゃうと大切な栄養分が除かれて、ほとんど糖質と脂質しか残らないからというのがその理由です。そういうわけで我が家では甘味料には甜菜糖やメープルシロップを使っていると思うのですが、そうしているうちに普通の精製糖の味がちょっと苦手になってくるんですよ。
なんていうんでしょう。たとえば人口着色料のすぎる食材を食べるとイヤあな感じしますよね?それに似た感じがただの精製白糖が多く入りすぎるものを摂るとしてくるんです。

具体的にいうとあるときカフェでフラッペを頼んだとき、あまりものキツい甘さに耐えられなくなったことがあります。それは決して甘すぎるってわけでもないんですよね。なんていうかツーンとした甘さというか。ちょうどたとえて言うのなら天然の粗塩はマイルドなのに対して、「食卓塩」と呼ばれるような精製塩は塩化ナトリウムの塊みたいな味がしてツーンとしているように感じられるというのと同じような感じですね。

つまりマクロビ的なものを食べ続けていくとマクロビ的なもの以外あまり欲しなくなるということなんです。

美味しい上に、ちょっと続けるとマクロビ的なもの以外はあまり欲しなくなる。
こりゃムリなく続けることができそうですな。

というわけで次回はお待ちかね、「恐るべし、マクロビの威力!」篇です。
(つづく)

2010-07-20

いいから聞け。マクロビアレルギーの君にささぐ。 その2


マクロビとは何か?

まあ細かい定義とか、日本食を由来としているとか、そういう細かいことは
きちんとわかっている詳しい人に聞いてください。

妻の高説を伝え聞いて曲解した私の理解では、つまるところは
「バランスのいい食生活の考え方」なわけです。

どういうことか?

私たちが普通に食生活をするときでも、「カラダを冷やすもの、温めるもの」
「酸性の食材、アルカリ性の食材」とかなんとなく聞いたり考えたことあると思います。
マクロビは要はそれです。

「酸性すぎるとよくないよね、だからアルカリ性のものをもう少しとろうよ」
「夏場は夏野菜とか果物とか少しカラダを冷やすものを食べた方がいいよ」
とかそういうことです。

それをマクロビでは「陽性」「陰性」「中庸」というような表現で表すのです。

そして基本的な考え方は極端な陽性も極端な陰性もよくなく、基本的には中庸がいいよね、というものです。

ということで陰性の強いものを摂り過ぎたら陽性のものも摂る、ということになるのですが、
それでも極端な陰性や陽性のものはよくなく基本的には中庸に近い食材を中心に摂った方がいい、
というのが基本的な考え方となるのです。

おっと、勘のいい人は気付いちゃったかも知れません。

そう、「野菜」だからいいというわけではなく、「いいもの」を中心に構成していったら
結果的に「野菜」中心になる、というのがマクロビ的考え方なのです。

もっと勘のいい人は悟っちゃったかも知れません。
そう、野菜や果物だけを食っていれば「オレ、マクロビだから」と自慢できるわけではないのです。

野菜の中にもカラダを冷やすものもあれば温めるものもあるし、果物もそう。
そうした食べ物のバランスを理解した上でバランスよく食べなきゃいけないということなわけです。

そしてここで重要なのは、たとえば「肉」のような「極陽」のものを食べてしまったら、
できるだけ「陰性」のものを摂ってバランスをとることができるということです。

つまり、マクロビ的考え方が身についていたら肉も魚も食べることができる!ということなのです。

このことはでかい。
私はいわゆるベジタリアンとかビーガンといわれるものには詳しくはなけれども、
「肉や魚は絶対だめ!!」と言われたら守れる自信はまったくない。
っていうか、美味しそうなものがあったら食べてみたいと思うし。

でもマクロビなら大丈夫。食べたいものを食べても、バランスの取り方さえ知っていれば
いくらでもキャッチアップできる。

そしてさらにいうと、あまり極端に陰性のものや陽性のものをカラダが欲しなくなってくるのです。
(つづく)

2010-07-19

いいから聞け。マクロビアレルギーの君にささぐ。 その1


マクロビ。
マクロビオティック。

はじめてその存在を知ったのは10年、いや15年前だっただろうか。
その時の僕の認識は
「肉、魚はおろか白米、精製砂糖まで口にしないエクストリーム系ベジタリアン」
というものでした。

私はといえば、吉牛に青春を捧げ、ビッグマックを食べられる数を漢の勲章とし、
食べ放題ではない焼肉で特上カルビを頼むことを成功者のステータスと考えているような平均的な男子。

アトピーのアレルギーが悪化し入院にまでいたり、心配したお袋が
「食事療法でアトピーがよくなるという施設があるというのだけれども」
と持ちかけてきたときさえ「食いたいものを食えないストレスの方がアトピーによくない」
と嘯くような輩だったので、ベジタリアンのその先にあるハードコアベジタリアン(当時認識)の
マクロビなんてありえなかった。「オレは青虫じゃねえ」。

さらにいうと「うん、私マクロビやっているの」というSATC好きそうな女子にも鼻白むというか、
「ラブ&ピースな私を見て」的な自意識を勝手に汲みとってしまって、「オレは青虫じゃねえ」。

しかしそんな私がなぜかマクロビ的な食生活を始めるようになる。

直接のきっかけは妻が縁あってマクロビに出会ったから。
一生懸命に「マクロビとは」という話をしてくる。
ふんふん話を聞き、そして「いいじゃない、やってみれば」という。
「でもオレは肉も魚も食うよ」というのを忘れずに。

妻が作る食事はマクロビオティックの考えに基づいたものになった。
私は動物性蛋白質が足りないと思えば自分で魚を焼いたりして食卓に付け加えるようにした。

私がそういう風にマクロビ的食生活(まわりくどい表現だけれども、私自身は肉も魚も食べるのでこういう表現で失礼!)をすんなり受け入れたのにはもちろん布石がある。

もともと魚食中心だったのがグアムに来てから圧倒的に肉食が増え、
体のキレが悪くなっている自覚があったのだ。
それに伴い体重も面白いように増えていたので、どうにかしないといけないとは思っていた。
妻がマクロビ的食事を作って、私が適宜魚など自分の食べたいものを加えればちょうどいいのかな、
と思ったのだ。

**********

さてここでまずマクロビに対するキミの認識を改めたい。
というか、かつての自分の認識なのだけれども。

「マクロビはハードコアベジタリアンではない」

肉を食べない、魚を食べない、乳製品を取らない、精製食品は取らない、ざっつマクロビ。
この考え方は完全に見違っているのです。

裏からいえば、野菜しか食べなくてもマクロビでない食生活もあるのです。

ではマクロビとはいったいなんなのでしょう?
(つづく)

2010-07-18

no thank you




「お茶飲む?」
「いいや、ありがとう」


妻に尋ねられこう返答すると「結局飲むの?飲まないの?」としばしば確認される。
もちろん私としては当然「いいや(今はお茶は飲まない。でもオファーしてくれて)ありがとう」という意味でいっている。
しかしこうやって文字に起こすと確かに日本語としてはいささか違和感はあるかも知れない。
そこでなんでこんな表現をするようになったんだろうと自問してみた。そして「そうだ、きっとno thank you」というのを無意識に翻訳しているのだという結論にいたったのだ。

私は1歳から7歳までアメリカで過ごした。もちろん英語のレベルはマックス時でも7歳児レベルでネイティブスピーカーからは程遠い。しかしそれでも7歳までは英語のほうが確かに流暢だった。だからほとんどの単語や表現は忘れてしまっても"thank you"とか"no thank you"などのような幼児でも日常的に使う表現は身に染み付いていたのかも知れない。

ところで"no thank you"という表現、これは恐らく"NO. not for now but THANK YOU for offering/your kindness"ということなんだろうけれども、これも日本語的に考えると"no"なの?"thank you"なの?という風に取られかねない。それでも誰もそういう風に疑問を持たないのは"No thank you"という表現自体がすでにかなりの市民権を日本でも得られているということなのかしら。

**********

my wife is a good cook. but never tries to make Paella by herself. always ask me to cook. I'm pretty sure that she can cook a good one. but it's okay. it is much sophisticated to say "Darling I want to eat your Paella tonight" than to say "Oh, I'm not in a mood for cooking tonight. Can you cook something for me?"

2010-07-17

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久しくブログを空けてしまった。
帰ってきました。
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